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竹中平蔵の日本経済講座

竹中平蔵

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竹中平蔵プロフィール

1951年、和歌山県生まれ。慶応義塾大学名誉教授、東洋大学教授。博士(経済学)。政府の未来投資会議、国家戦略特区諮問会議メンバー。2001年より経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣などを歴任。2004年参議院議員に当選。06年9月、参議院議員を辞職し政界を引退。ほか公益社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長、株式会社パソナグループ取締役会長、オリックス株式会社社外取締役、SBIホールディングス株式会社社外取締役などを兼職。

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回数:33回

更新頻度:週2回(火・金)

無料配信:5回


竹中平蔵の日本経済講座


経済政策の研究者でありながら経済財政政策担当大臣や金融担当大臣などを歴任し、実際に日本の経済政策を担うというユニークな経歴を持つ竹中平蔵が、日本経済が歩んできた「過去」と「未来」の可能性を全33回・計5時間以上にわたって語り尽くします。


中国や米国といった「大国」との外交についてや、「メイド・イン・ジャパン」がたどった栄枯盛衰の歴史と知られざるエピソード、またこれからの日本経済が抱える課題とリスク、そして未来の展望など、日本経済の全容が見えてくる経済教養プログラムです。



竹中平蔵プロフィール

1951年、和歌山県生まれ。慶応義塾大学名誉教授、東洋大学教授。博士(経済学)。政府の未来投資会議、国家戦略特区諮問会議メンバー。2001年より経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣などを歴任。2004年参議院議員に当選。06年9月、参議院議員を辞職し政界を引退。ほか公益社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長、株式会社パソナグループ取締役会長、オリックス株式会社社外取締役、SBIホールディングス株式会社社外取締役などを兼職。



▽配信予定エピソード

第1章 大国間競争

1 貿易問題

1.1日米貿易摩擦の教訓

1.2プラザ合意と政策協調


2 為替政策と通貨の国際化

2.1 日本の為替政策と円の国際化

2.2 世界の通貨戦争をどう見るか


3 国際経済秩序と外交

3.1 歴史から日本外交を見る

3.2 地政学とバランス外交


第2章 日本経済60年

4 高度成長と失われた時代

4.1 戦後の発展と日本型システム

4.2 60年代高度成長のメカニズム

4.3 日本のベンチャービジネス

4.4 「失われた30年」の真実:まだらな30年


5 日本特有の金融システム

5.1 高度成長を支えた金融システム

5.2 日本の銀行の罪と罰


6 経済改革

6.1 小泉改革とは何だったのか?

6.2 アベノミクスの成果と課題

6.3 日銀の超金融緩和とデフレ

6.4 経済政策の決まり方:常にカオスの中


第3章 “日本製”の未来

7 日本製

7.1 “モノづくり日本”の原点

7.2 経済逆境と産業競争力


8 日本式マネージメント

8.1 日本の政府—民間関係

8.2 日本型雇用慣行の現状と未来


9 第4次産業革命

9.1 第4次産業革命における日本の可能性

9.2 シェアリングエコノミーはなぜ重要か

9.3 第4次産業革命と新興国: リープフロッグとフルーガル・イノベーション

9.4 フィンテックがもたらすもの

* 日銀のスタンス、キャッスレス、不動産価格



第4章 社会の変化と人々の価値観

10 低欲望社会

10.1 低欲望社会——日本の若者はやる気が無いのか?

10.2 若者世代と日本のソフトパワー

10.3 少子化・長寿化と若者の生き方


11 高齢化

11.1 年金・医療問題への対応

11.2 「シルバー経済」のビジネスチャンス


12 社会福祉と公平

12.1 北欧モデルのインプリケーション

12.2 人口減少と世代間不公平


終章:未来への展望

13.1 日本の今後:明るい未来と暗い未来

13.2 新しい日中連携を考える


プレミアムコンテンツ購入のご注意

1.こちらのプレミアムコンテンツの価格は1800円です。全33エピソードを配信予定、毎週火・金に更新します。(/本チャンネルは全エピソードを配信しました。)

2.無料配信のエピソード以外は、購入後に聴取できます。

3.本チャンネルは無形のコンテンツ商品であるため、一度購入されますと返品・キャンセル等は一切できません。ご理解・ご了承のほど、よろしくお願いいたします。

4.購入に際してご不明点等が発生ございましたら、大変お手数ですが、himalaya問い合わせ窓口(creatorjp@himalaya.com)までご連絡ください。

5.番組への質問やご意見などは、各チャンネルのコメント欄またはhimalaya問い合わせ窓口(creatorjp@himalaya.com)までお知らせください。

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私がなぜリスナーの皆さんに日本の経済の講座を始めたいと思ったのか。それにはもちろん理由があります。私自身は、実は自分の学生たちにもよく言うんですけれども、自分で非常にユニークな経験をさせていただいたというふうに思っています。よく言うんですけれども、昆虫学者が昆虫になる経験をしたと。昆虫学者というのは研究する立場、昆虫というのは研究される立場です。私は政策研究者、経済政策を研究する研究者だったんですが、経済政策を担って責任者になって、研究される立場になりました。別の言い方をすると「天文学者が月になった」という経験だと言ってもいいのでありますけれども、両方の立場で見ると、研究者として政府の政策を見ているときと、政府の立場に立って、そして一般の学者やマスコミの議論を聞いてみると、ずいぶんとこれは距離があると。差があるなというふうに思ったんです。その差をぜひ埋めてみたいという思いでいろんな話をさせていただいているんですけれども、政策研究者として経験したこと、そして政策の実行責任者として経験したこと、それに基づいてぜひ日本の経験を皆さんにも聞いていただきたいなというふうに思うんです。経済に関...

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