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偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜

久恒啓一

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2005年から本格的に始めた全国を巡る私の「人物記念館の旅」は800館を越えるところまでになってきました。 この「聖人巡礼」では、主に近代現代日本を創った偉人たちの崇高な人生を観察し、そこから絞り出された珠玉の名言を蒐集してきました。 「偉人の名言366 命日編」では、その日に亡くなった偉人の名言を音声で紹介し、私の感想などを簡単に記した文章も配信いたします。 偉人の名言は人生百年時代の人生観を磨き上げるためのソフトインフラです。 一日一言を深く味わうことによって、充実した日々と、その集積である素晴らしい生涯を実現される一助になれば幸いです。 【久恒啓一】 図解Web:http://www.hisatune.net/ プログ:http://k-hisatune.hatenablog.com/ Facebook:https://www.facebook.com/keiichi.hisatune note:https://note.mu/hisatune メルマガ:http://www.mag2.com/m/0000272218.html ■Produced by KOELAB https://koelab.co.jp/

Latest Episodes

1月19日 大鵬幸喜(大相撲力士、第48代横綱)

横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い 大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 - 2013年(平成25年)1月19日)は、北海道川上郡弟子屈町川湯温泉(出生地は樺太敷香郡敷香町)出身の大相撲力士。第48代横綱。 46連勝で物言いがついて戸田に負けたビデオをみると明らかに戸田の足が先に出ていて、当時は世紀の大誤審といわれた。しかし大鵬はあれでいいとし、「横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い」とコメントしている。相撲道を信じて歩き、それを具現した横綱であった。相撲は豊作を願って神前で行う祭祀であり、相撲社会の伝統は守らなければならない。現在の揺れる角界も大鵬の相撲道の精神を絶やさずに繁栄を続けることを願う。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN15 h ago
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1月19日 大鵬幸喜(大相撲力士、第48代横綱)

1月18日 岩見隆夫(ジャーナリスト、政治評論家)

晩年は、毎春、サクラ前線に合わせて、主として徒歩で日本列島を北上、ついで夏祭りをたどりながら南下、各地の銘酒を訪ね歩いた 岩見 隆夫(いわみ たかお、1935年10月6日 - 2014年1月18日)は、日本のジャーナリスト、政治評論家。 テレビ「みのもんたのサタデーずばッと」では毎週出演して政治評論を行う姿はよく見かけたのだが、サクラ前線を徒歩で追いかけながら、各地の銘酒を訪ね歩くという岩見隆夫の理想の旅は私の年来の希望と似ているので親しみを覚感じる。「沖縄八重岳は1月18日に桜祭り。北海道・宗谷岬公園の桜は5月中旬が見頃。ソメイヨシノは九州から北海道まで4月1日から5月中旬過ぎの二か月足らず。紅葉前線を追って北海道から南下する旅はどうか。私なら、温泉、人物記念館、知研、車、SNSとなるだろうか」と私は2014年のブログで記していた。生前に「私の死亡記事」を書いておくのも悪くない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN1 d ago
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1月18日 岩見隆夫(ジャーナリスト、政治評論家)

1月17日 小林繁(プロ野球選手、プロ野球コーチ)

人生のバッターボックスに立ったら、見送りの三振だけはするな 小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 - 2010年1月17日)は、プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。ノンプロを経て、1972年に巨人に入団。1976年、1977年に連続18勝をあげ最優秀投手となり長島巨人の優勝に貢献。 長い人生では勝負する時が何度かある。それはチャンスと危機が同時にみえる時だ。恐怖に負けて見送るか、乾坤一擲の勇気を出して飛び出すか。天に向かうか、谷底に落ちるかは分からない。それが運命の分かれ目になる。 小林繁から学ぶことは、好球を見送って三振を宣言されるようなことはしないで、「思い切りバットを振れ」である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN2 d ago
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1月17日 小林繁(プロ野球選手、プロ野球コーチ)

1月16日 秋山庄太郎(写真家)

職業は紛れもなく写真家。趣味もまた写真。道楽なんだから始末におえない 秋山 庄太郎(あきやま しょうたろう、1920年(大正9年)6月8日 - 2003年(平成15年)1月16日)は、日本の写真家。 何かにはまる人にもランクがあると梅棹忠夫が言っている。最初は「通」、次は「好き者」、そして「道楽者」と順番にはまり具合が深くなるという見立てである。「花と女」という美しいものの写真にのめり込んだ秋山庄太郎は、自分でも「始末におえない」といっており、「極道」という地点にまで行き着いたのではないか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN3 d ago
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1月16日 秋山庄太郎(写真家)

1月15日 大島渚(映画監督、タレント、俳優)

情報もいいでしょう。でも、生の体験は強い 大島 渚(おおしま なぎさ、1932年3月31日 - 2013年1月15日)は、日本の映画監督、タレント、俳優。京大法学部時代には著名な政治学者猪木正道に師事した。京都府学連副委員長として活躍。京大助手試験で不合格となった時、猪木正道からは「君に学者は向きませんよ」と諭された。 「人生というのは、どのくらい無我夢中の時間を過ごせるか、で決まると思う」 「きっぱりノーと言うことは、人生を楽にしてくれる方法なんです」 「今やれることを、今やらなかったら、一生やれないということなんだ」。 冒頭に掲げた「情報と体験」もそうだが、大島渚は意外に人生訓がいい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN4 d ago
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1月15日 大島渚(映画監督、タレント、俳優)

1月14日 和田勉(演出家、映画監督)

同じ役者とはほとんど二度と仕事をしない主義 和田 勉(わだ べん、1930年(昭和5年)6月3日 - 2011年(平成23年)1月14日)は、日本の演出家・映画監督。 ドラマのキャスティングでは一緒に仕事をするのは一回のみというルールを自分に課していた。そのため夏目雅子から抗議を受けている。思うに、狎れることを恐れたのではないか。一作一作、新鮮な気持ちで作品を創っていく真摯な態度がNHKだけでなく、テレビを代表する名演出家を形づくったのだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN5 d ago
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1月14日 和田勉(演出家、映画監督)

1月13日 坂田道太(政治家)

むしろ素人の方がよい 坂田 道太(さかた みちた、1916年7月18日 - 2004年1月13日)は、日本の政治家。 1960年代末の大学紛争の渦中に文部大臣となり、前代未聞の1969年の東大入試中止の決断を下した人物である。 混乱した現場の立直しのために、難しい役職、不案内な仕事をすることになったとき、大事なことは公平率直な目で、偏見を持たずに複雑骨折した問題にあたることである。それを坂田は「むしろ素人の方がよい」と表現したのであろう。専門家集団が苦しんでいるとき、細部からではなく、大づかみで実状を把握し、問題解決にあたっていくことも一つの道である。この坂田道太の考えに共感する。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN6 d ago
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1月13日 坂田道太(政治家)

1月12日 深作欣二(映画監督、脚本家)

いや、オレは過去を振り返るんではなく、若いヤツとやりたいんだ 深作 欣二 (ふかさく きんじ、1930年〈昭和5年〉7月3日 - 2003年〈平成15年〉1月12日) は、日本の映画監督・脚本家。 最後の作品『バトル・ロワイアルⅡ 鎮魂歌』の企画発表会では「最後の映画としてガンに犯された体の満身創痍で臨む。今回は戦争がテーマ。戦争撮ったことがないので、最後に撮りたい」と覚悟を淡々と語った。「たとえこの闘いで生涯を終えようとも、私には一片の悔いもない」と会場で配った「深作欣二、死後の闘い」というタイトルで、このメッセージがつづられている。その深作が今まで一緒に映画をつくってきた大物俳優たちとやるべきだという息子の監督・健太に言った言葉が冒頭の言葉である。過去の集大成の作品を作るのではなく、未来に向けて新しいテーマで作品を撮ろうという気迫あふれた言葉であり、感銘を受ける。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN1 w ago
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1月12日 深作欣二(映画監督、脚本家)

1月11日 淡路恵子(女優)

体から心まで、とにかく自分のことは自分で管理していないと、女優はつとまらないわよね 淡路 恵子(あわじ けいこ、1933年(昭和8年)7月17日 - 2014年(平成26年)1月11日)は、日本の女優。 淡路恵子は自己管理の人だった。自己管理をしっかりすることが大事だ。人に迷惑をかけないこと。舞台中は規則正しい生活を心がけること。出演中は声を使いすぎないように酒を飲みにいかないこと。睡眠は8時間以上とること。役柄からはなかなか想像できないが、実はそういうことを自らに課していた。淡路恵子は仕事師であったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

3 MIN1 w ago
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1月11日 淡路恵子(女優)

1月10日 松本重治(ジャーナリスト)

日米関係は日中関係である 松本 重治(まつもと しげはる、1899年(明治32年)10月2日 - 1989年(平成元年)1月10日)は、日本のジャーナリスト。財団法人「国際文化会館」理事長。アメリカ学会の会長。 松本重治が館長を務めていた六本木の国際文化会館。日航時代はこの会館には縁があってよく訪れていたが、ここを舞台に日中・日米関係を中心に国際関係の歴史がつくられていったのだと改めて松本重治らの仕事に敬意を抱いた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月19日 大鵬幸喜(大相撲力士、第48代横綱)

横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い 大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 - 2013年(平成25年)1月19日)は、北海道川上郡弟子屈町川湯温泉(出生地は樺太敷香郡敷香町)出身の大相撲力士。第48代横綱。 46連勝で物言いがついて戸田に負けたビデオをみると明らかに戸田の足が先に出ていて、当時は世紀の大誤審といわれた。しかし大鵬はあれでいいとし、「横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い」とコメントしている。相撲道を信じて歩き、それを具現した横綱であった。相撲は豊作を願って神前で行う祭祀であり、相撲社会の伝統は守らなければならない。現在の揺れる角界も大鵬の相撲道の精神を絶やさずに繁栄を続けることを願う。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月18日 岩見隆夫(ジャーナリスト、政治評論家)

晩年は、毎春、サクラ前線に合わせて、主として徒歩で日本列島を北上、ついで夏祭りをたどりながら南下、各地の銘酒を訪ね歩いた 岩見 隆夫(いわみ たかお、1935年10月6日 - 2014年1月18日)は、日本のジャーナリスト、政治評論家。 テレビ「みのもんたのサタデーずばッと」では毎週出演して政治評論を行う姿はよく見かけたのだが、サクラ前線を徒歩で追いかけながら、各地の銘酒を訪ね歩くという岩見隆夫の理想の旅は私の年来の希望と似ているので親しみを覚感じる。「沖縄八重岳は1月18日に桜祭り。北海道・宗谷岬公園の桜は5月中旬が見頃。ソメイヨシノは九州から北海道まで4月1日から5月中旬過ぎの二か月足らず。紅葉前線を追って北海道から南下する旅はどうか。私なら、温泉、人物記念館、知研、車、SNSとなるだろうか」と私は2014年のブログで記していた。生前に「私の死亡記事」を書いておくのも悪くない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月17日 小林繁(プロ野球選手、プロ野球コーチ)

人生のバッターボックスに立ったら、見送りの三振だけはするな 小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 - 2010年1月17日)は、プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。ノンプロを経て、1972年に巨人に入団。1976年、1977年に連続18勝をあげ最優秀投手となり長島巨人の優勝に貢献。 長い人生では勝負する時が何度かある。それはチャンスと危機が同時にみえる時だ。恐怖に負けて見送るか、乾坤一擲の勇気を出して飛び出すか。天に向かうか、谷底に落ちるかは分からない。それが運命の分かれ目になる。 小林繁から学ぶことは、好球を見送って三振を宣言されるようなことはしないで、「思い切りバットを振れ」である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月16日 秋山庄太郎(写真家)

職業は紛れもなく写真家。趣味もまた写真。道楽なんだから始末におえない 秋山 庄太郎(あきやま しょうたろう、1920年(大正9年)6月8日 - 2003年(平成15年)1月16日)は、日本の写真家。 何かにはまる人にもランクがあると梅棹忠夫が言っている。最初は「通」、次は「好き者」、そして「道楽者」と順番にはまり具合が深くなるという見立てである。「花と女」という美しいものの写真にのめり込んだ秋山庄太郎は、自分でも「始末におえない」といっており、「極道」という地点にまで行き着いたのではないか。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月15日 大島渚(映画監督、タレント、俳優)

情報もいいでしょう。でも、生の体験は強い 大島 渚(おおしま なぎさ、1932年3月31日 - 2013年1月15日)は、日本の映画監督、タレント、俳優。京大法学部時代には著名な政治学者猪木正道に師事した。京都府学連副委員長として活躍。京大助手試験で不合格となった時、猪木正道からは「君に学者は向きませんよ」と諭された。 「人生というのは、どのくらい無我夢中の時間を過ごせるか、で決まると思う」 「きっぱりノーと言うことは、人生を楽にしてくれる方法なんです」 「今やれることを、今やらなかったら、一生やれないということなんだ」。 冒頭に掲げた「情報と体験」もそうだが、大島渚は意外に人生訓がいい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月14日 和田勉(演出家、映画監督)

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1月13日 坂田道太(政治家)

むしろ素人の方がよい 坂田 道太(さかた みちた、1916年7月18日 - 2004年1月13日)は、日本の政治家。 1960年代末の大学紛争の渦中に文部大臣となり、前代未聞の1969年の東大入試中止の決断を下した人物である。 混乱した現場の立直しのために、難しい役職、不案内な仕事をすることになったとき、大事なことは公平率直な目で、偏見を持たずに複雑骨折した問題にあたることである。それを坂田は「むしろ素人の方がよい」と表現したのであろう。専門家集団が苦しんでいるとき、細部からではなく、大づかみで実状を把握し、問題解決にあたっていくことも一つの道である。この坂田道太の考えに共感する。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月12日 深作欣二(映画監督、脚本家)

いや、オレは過去を振り返るんではなく、若いヤツとやりたいんだ 深作 欣二 (ふかさく きんじ、1930年〈昭和5年〉7月3日 - 2003年〈平成15年〉1月12日) は、日本の映画監督・脚本家。 最後の作品『バトル・ロワイアルⅡ 鎮魂歌』の企画発表会では「最後の映画としてガンに犯された体の満身創痍で臨む。今回は戦争がテーマ。戦争撮ったことがないので、最後に撮りたい」と覚悟を淡々と語った。「たとえこの闘いで生涯を終えようとも、私には一片の悔いもない」と会場で配った「深作欣二、死後の闘い」というタイトルで、このメッセージがつづられている。その深作が今まで一緒に映画をつくってきた大物俳優たちとやるべきだという息子の監督・健太に言った言葉が冒頭の言葉である。過去の集大成の作品を作るのではなく、未来に向けて新しいテーマで作品を撮ろうという気迫あふれた言葉であり、感銘を受ける。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月11日 淡路恵子(女優)

体から心まで、とにかく自分のことは自分で管理していないと、女優はつとまらないわよね 淡路 恵子(あわじ けいこ、1933年(昭和8年)7月17日 - 2014年(平成26年)1月11日)は、日本の女優。 淡路恵子は自己管理の人だった。自己管理をしっかりすることが大事だ。人に迷惑をかけないこと。舞台中は規則正しい生活を心がけること。出演中は声を使いすぎないように酒を飲みにいかないこと。睡眠は8時間以上とること。役柄からはなかなか想像できないが、実はそういうことを自らに課していた。淡路恵子は仕事師であったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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1月10日 松本重治(ジャーナリスト)

日米関係は日中関係である 松本 重治(まつもと しげはる、1899年(明治32年)10月2日 - 1989年(平成元年)1月10日)は、日本のジャーナリスト。財団法人「国際文化会館」理事長。アメリカ学会の会長。 松本重治が館長を務めていた六本木の国際文化会館。日航時代はこの会館には縁があってよく訪れていたが、ここを舞台に日中・日米関係を中心に国際関係の歴史がつくられていったのだと改めて松本重治らの仕事に敬意を抱いた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB

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