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オーディオドラマ「五の線3」

闇と鮒

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五の線2の続編です

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第35話

3-35.mp3 「ムツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」 「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」 「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」  33 「ふぅ…。」 咥えていたタバコを備え付けの灰皿に押し付けて、その火を消した。 「誰のものかわからないこちらを見つめる両目の映像。画面の天地にfuckin jap destroy jap。金沢の犀川河川敷のテロデマ騒ぎの映像の内容を思い起こさせるね。これ。」 百目鬼は大型スーパーの立体駐車場に止めた車の中で、アイドリングをしたままイヤホンから流れてくる音声を聞いていた。 「いまさらあのテロデマ映像の影響で犯行が…?いや…そんな馬鹿なことがあるもんか…。」 金沢犀川のテロデマ事件が発生して、ずいぶんと日が経っている。もうすでにあの事件自体、過去のこととなりつつあるのに、いまさらあのサブリミナル映像の影響が出たとは考えにくい。 「あり得ん。」 「可能性は限りなく排除する。業務の一環です。」20 「可能性は限りなく排除…。」 そうつぶやいた彼は目を瞑った。 「もしも…もしもだ。あのサブリミナル映像が、いまの刃物振り回し野郎を作り出したとしたら、あの映像を、あの金沢の映像を何度も何度も見て、メッセージを刷り込まれ、犯行に及んだ…。」 「…あり得ん。あれはそんなに惹きつけられる映像でもなんでもない。何度も見るシロもんじゃない。」 「となると…。」 「電波の方はサブリミナル自主規制してっけど、ネットってまだだよねその手の規制。」 「はい。」 「それってヤバくない?」 「そうなんです。」 「ちなみにこの動画って今も流通してるんだよね。」 「はい。事件当時の閲覧者数は50万。今現在130万です。」16 「ネット動画は拡散こそは爆発的だが、何度も見る動画はそうもない。何度もリピートされるものは有名アーティストのものとか、定番おもしろ動画、猫動画…待て…。」 「人気コンテンツである必要はない…。そう…いろんな動画にサブリミナルを忍ばせれば、視聴者はそのメッセージを受け取る可能性が高くなる…。」 「反日破壊工作的メッセージを含む映像が俺らの知らないところで、大量に流通しているとしたら…。」 百目鬼は携帯を取り出した。そしてある人物の電話帳を呼び出し、そこに電話をかけようとした。 「実はこの件の分析が上がってきて、ちょっとタバコでも吸って頭ん中整理しようと思った時やったんですわ。課長から電話あったんは。」 「…タイミング良すぎない?」 「はい。」 「モグラがいる。」 「はい。」 「なにかにつけてタイミングが良すぎるよ。」 「筒抜けのようです。」16 発信ボタンを押下する寸前で、彼の指は止まった。 「どうしたもんか…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あ?ヤドルチェンコを追っとったら、刃物を振り回す事件に遭遇?」 「はい。」 「で。」 「ヤドルチェンコはロスト。刃物男は取り押さえましたが、負傷者多数。」 片倉は思わず頭を抱えた。 「ただ刃物男が気になることを言っていまして。」 「気になること?」 「はい。ファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと。」 「ファッキンジャップをぶっ壊せ…。」 「はい。」 「どこかで聞いたような。」 「はい。例の金沢犀川のテロデマ事件の映像の中に仕掛けられたサブリミナルです。あれにはファッキンジャップ、デストロイジャップと書かれていました。」 「え…まさかそのサブリミナル映像が今回の犯行を?」 「わかりません。」 「刃物男の身元や、そいつの周辺情報は。」 「現在は我々マルトクの手を離れて捜一で捜査中です。」 「捜一…。」 片倉の表情は苦いものになった。 「紀伊。」 「はい。」 「ヤドルチェンコに関してめぼしいネタ引っ張れんかったのはしゃあない。ほやけどマルトクがおったから、事件の被害が少なくて済んだ。お前らのおかげや。助かった。」 「いえ…。」 「ありがとう。」 「…そんな。」 思いがけない片倉の感謝の言葉に紀伊は言葉に詰まった。 「あ、ほうや、ところであれはどうや。」 「あれとは?」 「ほら池袋の車突っ込んだんはウ・ダバの仕業やってSNSで触れ回った出本の正体。」 「すいません。まだ着手していません。」 「あ、そうか。」 「はい。すいません。ヤドルチェンコに気を取られていました。申し訳ありません。」 「至急頼めるか。」 「至急って…班長なにか。」 「いや、別にこれといったもんはないんやけど、なんか気になれんて。」 「しかしIT専門の人間は先程家に返しました。」 「じゃあ呼び戻してくれ。」 「え?」 「俺は今から警視庁に戻る。そのIT担当官と話がしたい。今すぐ呼び戻してくれ。」 「は、はい。」 片倉に命ぜられるまま紀伊は電話をかける。 「可能性は限りなく排除する。」

8 MIN2 days ago
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第35話

第34話

3-34.mp3 「どうしたんだよ。こんな遅くに。しかも週末だぜ。」 カウンターの隣に男の気配を感じて安井はそれとなく話した。 「こっちはこっちで大変さ。東倉病院のやつとか池袋のやつとか…。もうシッチャカメッチャカだわ。」 「それ全部あなたが抱え込んでるんですか。」 「下に振ってるけど、結局最後は俺の方で確認しないといけない。」 「確認ね…。」 「安井さんは本業の方頑張ってください。」 「うん?」 「忙しくなりますよ。」 「え?なに?…もうすでに忙しいんだけど。」 「金にならない忙しさ。」  15 「ったく…本当に金にならねぇよ。あいつが言ったとおりだ。」 「まぁまぁ…その分こっちはあなたに支払ってますよ。」 隣の男はカウンターテーブルにカードを置いた。 安井はそれをさり気なくポケットにしまった。 「10万チャージしてあります。好きに使ってください。」 「助かるよ。大川さん。」 「金があれば人生の大半の問題は解決できます。」 「あぁ…。」 「でも問題の大半ですから。」 「…。」 「本当に金で解決しない問題もありますからね。」 「…わかってる。」 続いて大川は小さな封筒をテーブルに置いた。 「これは?」 「次はこいつを流し込んでください。」 「待てよ。この間から椎名からもらったデータ挟み込んでるが。」 「あれはあれ。」 「…どうすんだ。あんたら。」 「それは聞かないことになってるでしょ。」 「れっきとしたサブリミナルだぜ。バレたら大騒動は必至。この得体のしれない映像が一体何を意味するもんかはよくわかんねぇけどさ。あんたら一体何を刷り込もうとしてんだ。」 「それ以上詮索は無用だ。」 大川が凄んだため安井は言葉を飲んだ。 「いまこの国は目覚めようとしている。」 「は?」 「この国の国民性というか、腰が重いんだ。けど一旦火がつくともう止められない。突き進む。」 「おい待て。何のこと言ってんだ。」 「いま俺らはみんなの目を覚まそうと動いている。」 「椎名もなのか。」 大川はうなずいた。 「椎名だけじゃない。名前や顔すら知らない同志がネットを介してつながっている。決して系統だったグループじゃない。各人が各人の意志によってのみ行動している。」 大川は安井の目を覗き込む。 「動機はどうであれ、あんたもその中のひとり。そうだろ。だから俺の呼びかけに応じている。」 どこか吸い込まれそうな妙な力を持つ目だった。 安井は無言だった。 「このどうしようもない閉塞感。これをなんとかするのは俺ら自身の熱量さ。言うだけじゃなく行動だ。安井さん。あんたもだろ。あんたもこのままじゃ子供を救えない。そう思ったから行動を起こした。」 「俺は別に大川さんみたいな大層な志はないさ。息子に然るべき医療を受けさせるために金が要る。それだけさ。」 「でも行動を起こした。だからその対価として金を手に入れ、その医療を受けさせられている。」 「まぁな。」 「目指すところは違っていても熱量は俺らと一緒だ。俺はそんな日本人ひとりひとりに眠ったその潜在力を引き出す。その力の結集し、しいてはこの国の推進力となる。」 「大川さん…。なんかでかい話だな。」 「褒め言葉として受け止めるよ。」 「んで、これいつから流すんだ。」 「明日からでも頼みたい。」 「…わかった。」 「確認出来次第、また報酬を渡します。」 「助かるよ。」 そう言って大川は席を立ち、店を後にした。 「大川尚道が安井さんに一体何の用があって…。」 手にしていた英字新聞の横から顔をのぞかせた三波はこう呟くと席を立ち、彼もまた大川に続いて店を後にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「おひとりさまのご利用ですね。」 「はい。」 「それでは210号室のご利用をお願いします。」 ネットカフェの受付を済ませた椎名は伝票を持って二階の個室に入った。 ドアを閉める音 パソコンの電源を入れ、デスクトップ上に表示される名称未設定フォルダを開く。 その中には動画ファイルが収められていた。 持っていたUSBメモリにその動画を保存した彼は、それをパソコンの中から跡形もなく消し去った。 ドアをノックする音 「失礼しまーす。」 受付の店員がピザを持って部屋に入ってきた。 「次回からそのファイルを使ってくれとのことです。」 「…わかった。」 「あとこの店はもう使わないほうがいいです。」 「なにかあった?」 「最近、新規客が急に増えました。ひょっとすると公安かも。」 「わかった。この部屋の中は大丈夫なの?」 「それは大丈夫です。確認済みです。」 「そのピザは?」 「これは私からいままでご利用ありがとうの意味をこめた、あなたへの気持ちです。」 「感謝されるようなことはやっていないけど。」 「何いってんですか。あなたらはわれわれ氷河期世代の閉塞感をぶっ壊す崇高な任務を行っているんです。」 「崇高…か…。」 「ネットでしかつながっていなかったメンバーとこうして直接会って実際の行動を起こす。そのきっかけをくれただけでも私はあなたらに感謝しないといけない。自分も就職活動には失敗した口です。いままで社会から歯車としていいようにこき使われてきました。でもあなたらは私を人として必要としてくれました。聞けばあなた達も私と同じ氷河期世代という。私は嬉しかった。同じ境遇で社会から虐げられてきた同僚に必要とされ、行動をともにする。いままさに私は価値を生み出している実感を得ています。」 「大げさだよ…。」 「もううんざりなんですこの世の中が。絆という上辺だけ取り繕った関係性を重視するこのクソみたいな世の中をはやくぶっ壊しましょう。キング。」 「うん。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

9 MIN1 weeks ago
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第34話

お便り 2019/9/1

おたより3-2.mp3 nana68さん/Podcast/YouTube/2桁数字/熨子山/

10 MIN2 weeks ago
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お便り 2019/9/1

第33話

3-33.mp3 都内某所。 ある喫茶店の中をハンティングスコープで覗き込む者がいた。 「しっかしヤドルチェンコの奴、ひとりでこんな夜に誰に会うでもなく、携帯使って何やってるんでしょうかね。」 「しかも喫茶店。わかんねぇわ。俺だったら家で引きこもってるか、せめて居酒屋だけどな。」 「あ、動いた。…会計している。…ん?…あれ?何か渡した?」 「なに?」 「現金を払うときに店員になにか渡したように見えました。」 「店員の動き追ってくれ。」 「はい。」 「指揮所からフタ番。」 「こちらフタ番。」 「対象が店から出たら入れ違いで入店し、店員の持ち物を改めてくれ。対象からなにか小さなものを手渡された可能性がある。」 「了解。」 「店から出ます。」 背広姿の男二人が店から出てきた白人男性とすれ違うように入店した。 ドアがカランカランと鳴る 「いらっしゃいませ。」 「警察です。」 対応の店員の目の前に警察手帳が見せられる。 「公安特課です。あなたの持ち物を改めさせてもらいます。」 「え?公安特課?」 「お店に迷惑はかけません。すぐに終わります。」 「いま、ここでですか?」 「はい。ポケットの中見せてもらいますか。」 「…。」 「もしもあなたが我々の依頼を拒否されるようでしたら、お店の責任者の方に事情を説明して、ご協力を仰ぎます。」 「ま、待って…。」 店員はポケットからUSBメモリを取り出してみせた。 「それだけですか。」 「はい。」 「ちょっと失礼します。」 捜査員はポケットを記事の上から弄ったが、何もなかったのか首を振った。 「このUSBの中には何が?」 「それは…。」 「こちらヒト番。対象は辻のコンビニ側に曲がった。」 「ヨツ番。対象を確認。つける。」 「このまま大通りに出ますよ。ヤドルチェンコ。」 「よし。指揮所からムツ番。」 「はい。」 「対象は大通りに出る。人通りはどうだ。」 「多いですね。」 「見失うな。」 「了解。」 店の奥の席に隣り合って座った背広姿の男二人は、ノートパソコンを開いてそれを覗き込む。 そして先程店員から押収したUSBメモリをそれに挿して、そのフォルダの中身を見た。 無数のJPGファイルとMPEGファイルが入っている。 「音はミュートでお願いします。お客様にご迷惑がかかりますので。」 店員はそう言ってコーヒーを二人に給仕した。 「こちらムツ番。対象確認。つける。」 「それにしても班長どうしたんですかね。」 「班長?」 「ええ。ここ数日なんかパッとしませんよ。」 「…そりゃ東倉病院とか池袋のやつとか立て続けだしな。」 「石川から鳴り物入りで特高班長だから、はっきり言ってどんだけ優秀なんだよって微妙な感じでしたけど、ここまでパーフェクトゲーム。でもここにきてガタガタって…。」 「愚痴っても何もならん。それを支えるのが俺ら部下の務めだろ。班長がしんどいときは俺らで…」 悲鳴の音が無線から聞こえる。 「なんだ?」 「なんでしょう…。」 「おいムツ番。どうした。」 返事がない。 「指揮所からヨツ番。」 「こちらヨツ番。」 「ムツ番と連絡が取れない。」 「え?」 「至急、ムツ番を確認してくれ。」 「了解。」 「どうしたんでしょうか…。」 「嫌な予感がする…。」 1分後、ヨツ番から無線が入った。 「はぁはぁはぁはぁ…ヨツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「刃物を持った男が突然暴れ、通りの人間に無差別に斬りかかり、現場は混乱しています。」 「な…に…。」 「ムツ番は男を取り押さえに入っています。」 「待て対象は。」 「対象…。こちらヨツ番からは確認できません。」 「指揮所からハチ番。」 「はいハチ番。」 「聞いたとおりムツ番の現場は混乱している。そこに対象は。」 「いえ確認できません。」 「…了解。現場捜査員は直ちに撤収。ムツ番はそのまま犯人を取り押さえろ。こちらから所轄署に引き渡す。」 指揮官は激しく目の前のテーブルを叩いた。 「フタ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「USB確認したが不審なファイルなし。」 「それは中身が空ということかどうぞ。」 「いや中身は…アニメ絵のいわゆるその…ピンク画像と動画でした。」 「ピンク…その他不審点は。」 「なしと見ます。」 「その店員とヤドルチェンコとの関係は。」 「SNSを介して店員がある人物から購入。金は前払い。運び屋としてヤドルチェンコということです。店員はヤドルチェンコを始めて見たそうです。」 「購入までの具体的な流れを抑えてヒト番は撤収されたい。」 「了解。」 指揮官はため息を付いた。 「収穫なしですか…。」 「対象ロスト、刃物振り回し野郎に遭遇、USBの中身はアニメのピンク。散々だ…。」 「紀伊主任。焦る気持ちはわかります。班長はわかってたんですよ。我々には休息が必要だって。」 「すまん。」 「謝ることはありませんよ。紀伊主任の焦りはごもっとも。我々現場もあなたの思いを受けて動いたんです。別に主任に今回のポカの責任があるわけじゃない。」 「ムツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」 「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」 「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」 「なに…。」   「紀伊主任…なんかこの言葉聞いたことあるような…。」 「そうだな…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

9 MIN2 weeks ago
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第33話

第32話

3-32.mp3 「え?記憶が戻ってきている?」 「うん断片的に。」 「どの程度戻ってるの。」 「駅のコインロッカーとか、病院の売店とか、病室に届けたとかは思い出してる。」 「核心部分は思い出せていないってわけだね。」 「うん。」 「ちょっと待って。すぐに戻る。」 こう書いてクイーンと名乗る人物はチャットルームから退出した。 「ふぅ。」 ネットカフェの一室に空閑は居た。 1畳程度のスペースに安物の机と椅子が置かれ、そこにハイスペックのパソコンが設置されている。 調度品とパソコンのスペックのアンバランスさがなんとも言えない空間だが、実用性を追求すればこれもひとつの正解だろう。 紙コップに入った温かいコーヒーを口に含んで、空閑はブラウザのタブ機能を使って最新のニュースをチェックした。 トップは「高齢者運転車両事故はウ・ダバの犯行か?」との見出しだった。 「ウ・ダバとツヴァイスタンは密接な関係がある。東倉病院の事件と池袋の事件は同時多発テロの可能性もある…。」 空閑の口角が上がった。 ーふっ…。よくそんな憶測で記事になんかできるな。この国の人間はいつからこんなに阿呆になったんだ。 ニュース一覧の画面に戻り、彼はその他のニュースを流し読みした。 ーあ…。 ある記事を前に彼はその手を止めた。  空閑はチャット画面に戻った。 クイーンからの書き込みがあった。 「ひょっとしたら術の耐性ができてきたのかもしれない。」 「改善できないの。」 「強度のある施術をすれば改善すると思うけど…。」 「けど?」 「今以上の副作用がナイトを襲う。」 「副作用…。」 「うん。」 「その副作用を軽くする方法ってないの?」 「これでも軽くしてるんだって。山県の写真送ってさ。」 「今以上の副作用か…それは不味いな。」 「うん。」 「でも記憶が戻ってしまうのも不味い。」 「そうだね。」 「なんとかならないかな。クイーン。」 しばし会話が止まった。 「実は明日、ナイトが金沢に来る。」 「え?」 「気分転換だってさ。」 「気分転換?」 「副作用の頭痛がひどくて、ちょっと気を紛らわすためにこっちに旅行に来るんだって。」 「意味ないよ…旅行なんかで気分転換しても症状は改善しない。」 「でもあいつはここに来る。」 「あ…。」 「どうした。」 「そうだ…。こういうのはどうだろう。」 「なに?」 「山県をその目で見てもらうんだ。」 「ナマの山県をか。」 「うん。写真でも動画でもない、ナマの山県久美子。死んだはずの妹の生き写しであるナマの山県を見る。ナマだから説得力があるかも。」 「それはいい考えだね。やってみよう。」 「なんだったら僕が直接ナイトに会ってやってみるよ。ほら施術もしなくちゃいけないから。」 「いや、それは駄目だ。」 「なんで。」 「君とナイトが直接会うのはリスクが有る。」 「…。」 「動画はないの?例の強度のあるやつ。」 「…ある。」 「送ってくれるかな。俺の方でやるよ。」 しばらくして動画ファイルが送られてきた。 「ナイトに会いたいのはわかるけど、いまはその時じゃない。ここは俺に任せてほしい。」 クイーンは「わかった」と言ってチャットルームから退出した。 「それはそれとして…。」 空閑はタブを切り替えた。 「GW明けの金曜日か…。」 そこには「下間事件の公判の行方」と題された、下間芳夫と悠里の顔写真付きの記事が掲載されていた。 「インチョウ…。」 「1,800円になります。」 「TDで。」 『ディンギ♪』 「レシートはご入用ですか?」 「はい。」 レシートを手渡される際に空閑はUSBメモリをレジに立つ男の手に忍ばせた。 「キングに。」 レジに立つ男は黙ってうなずいた。 「空閑です。大川さん。ブツ頼めますか。」

8 MIN3 weeks ago
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第32話

第31話

3-31.mp3 金沢市郊外のとあるスーパーマーケット。 惣菜コーナーでは割引のシールが貼られ出し、どこからともなく客が吸い寄せられていた。 ーお、こいつはいい。 嬉々とした表情で3割引きのシールが貼られた握り寿司の詰め合わせに手を伸ばした。 しかしそれはタッチの差で30前後の金髪頭の女性にかすめ取られた。 ーたまの贅沢やと思ったんやけどなぁ…。 軽く息をついて彼は周囲を見回す。 ー揚げもんばっか…。見とるだけで胃がムカムカしてくる。 彼の目に「焼き鮭弁当」の文字が飛び込んできた。 ーまたこれか…。 店を出て車に乗り込むと、彼はタブレットのスリープを解除した。 画面には立憲自由クラブに関する話題のタイムラインが表示されている。 リアルタイムにSNSでの発言がそこに流れていた。 彼はそのタブレットを車載ホルダーに装着し、そのまま車を発進させた。 「いい加減ガキみたいなことやめろよ…クソ国家が…。」 「絶対に許さねぇ…。」 ホルダーに固定されているタブレットには、ツヴァイスタン排撃のコメントが充満していた。 「あれ…結構ボルテージ上がっとるがいや。」 ひとたび火がつけば、その拡散のスピードたるや想像を絶するものだが、反面冷めやすいのがSNSの特徴。 東倉病院の事件については犯行声明がまだ出されていない。 ネット上ではツヴァイスタンの犯行だとの意見が大半を占めているが、それは憶測の域を脱しない。 治安当局は捜査中としか声明を出していないためだ。 誰を叩けばよいかわからない話題は次第に大衆に見切りをつけられる。 このまま犯行声明が出ず、被疑者も公表されることがなければ、センセーショナルな事件とは言え、この東倉病院の事件についてもこのまま世の中から忘れ去られていくことになるのだろうと踏んでいた。 しかし、SNSでの状況はその逆。むしろツヴァイスタンに対する反感が高まっている。 信号で停まった富樫は、SNSのタイムラインをツヴァイスタンに関するものでフィルタリングした。 「信号待ちの群衆に車が突っ込む…。」 「ウ・ダバの犯行声明?」 富樫は貼られているリンクをタップした。 Было смелое поведение. Он действовал над концом нации Японии. Это будет продолжаться в будущем. Мы только действуем. Позвольте мне дать ему его мужество. 「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」 「これが犯行声明…か。」 車をコンビニの駐車場に止めて、彼はタブレットを手にしてSNSの発言の前後関係を確認した。 「うん?」 手を止めた富樫はもう一度ウ・ダバの犯行声明を再生した。 「待て待て…なんでこれが池袋の事件の犯行声明ねんて。…このビデオの中でこいつ池袋とか、車が突っ込んだとか具体的なことに一切触れとらん。」 再び富樫はSNSのタイムラインを確認する。 東倉病院の犯行はノビチョクという神経剤が使用されたという点から、ツヴァイスタンによるものである可能性がある。 一方池袋の事件はウ・ダバによるもの。 ウ・ダバはツヴァイスタンと密接な関係を持っている。 したがって池袋の事件と東倉病院の事件はウ・ダバとツヴァイスタンが連動しておこした同時多発テロの可能性があるという見立てがSNSで盛り上がっていた。 「この声明が発表されたタイミングが池袋の事件の後ってだけやぞ。ほんねんにそれだけで、ウ・ダバによる犯行認定かいや…。この映像、池袋の犯行声明って言ったの誰じゃいや。」 タイムラインを遡れど、その特定は困難のようである。 「ちょい待て…まさかこれ…意図的にツヴァイスタンとかウ・ダバの仕業的なデマ流しとるとかじゃねぇやろうな。」 富樫の額に冷たいものが流れた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「おつかれさん。なにか変わったことなかったか。」 特高部屋に戻ってきた片倉はスタッフに声をかけた。 「池袋の犯行についてウ・ダバが声明を出しました。」 「ウ・ダバが?」 「はい。」 「見せろ。」 パソコンの動画共有サイトにアップされた映像を見た彼は怪訝な顔をした。 「…これが池袋の犯行声明やと?」 「ええ。」 「アホか。」 スタッフは固まった。 「具体的なことは一切言っとらんぞ。」 「ですがタイミングがタイミングです。」 「あのな…おまえらどんだけこの仕事しとれんて。こんなもん当たり障りない声明やがいや。」 「しかし。」 「じゃあ聞くぞ。なんでこれが池袋のことを指しとるんや?東倉病院のこと指しとるって受け止めても別に問題ないんじゃね?」 「は、はぁ…。」 「その理屈やとそこらへんで盗みを働いたのもこいつら一味。盗んだバイクで夜な夜な公道を爆走するのもこいつら一味の犯行や。」 片倉と向き合っていたスタッフは黙ってしまった。 「誰やこれが池袋の犯行声明やって判断したんは。」 彼は呆れ顔で室内を見回した。 誰も目を合わせようとしない。 「班長。」 「なんや紀伊。」 「同じことを百目鬼理事官がおっしゃっていました。」 「百目鬼理事官?」 「はい。」 「なんや理事官、ここに来てったんか。」 「ええ。」 「何しに?」 「わかりませんが、班長と同じくウ・ダバの犯行声明を見せろと。」 「で。」 「お見せすると、班長が今おっしゃられたのと同じ指摘を我々にしました。」 「おいおい。理事官にすでに指摘されとるっちゅうげんになんで判断を改めんがや。」 「われわれは班長の下で仕事をしています。」 「…。」 片倉は言葉を飲んだ。 「確かに理事官と班長のおっしゃるように、このウ・ダバの声明は何にでも使用できる汎用的な声明です。ですが御覧ください。」 紀伊はパソコンの画面に表示されるSNSのタイムラインを指さした。 「世の中が、この声明を池袋の犯行声明と受け止めています。」 片倉はしばらく黙ってその画面を見た。 「…誰や。この声明にそんな意味をもたせて拡散したんは。」 「タイムラインを追っても、出処は特定できません。」 「消したんか。」 「わかりません。」 「クセェ。」 「と言いますと。」 「この手の声明で大事なこと。それは紀伊、おまえよくわかっとるな。」 「何を言ったかではなく、何を言っていないか。」 「そう。んでもうひとつある。」 「もうひとつ?」 「ああ。どんな人間がこの声明を発したか。」 「どんなって…班長、これはウ・ダバによるもの。合成映像ですからこの個人を特定して分析するのは…。」 「本当にウ・ダバか、これ。」 「はい?」 「ウ・ダバによるものという証拠は。」 「証拠…ですか。そう言われると…。」 「映像の人間がウ・ダバを名乗っとるとか、背景にウ・ダバのマークの旗があるとか、映像の右上にロゴが入っとるとか、ツヴァイスタン語しゃべっとるとかってだけやがいや。こいつをウ・ダバのもんやって決めるもんは。面が割れとる人間が俺がやったって言っとるわけじゃないやろ。」 「…はい。」 「ほやけどその確認をとるまえに世の中に拡散されとる…。」 「今からでも遅くありません。出処を特定してみます。」 「できるか。」 「もちろん。」 「よし。ほしたらちょっくら俺また外出てくるわ。」 「またですか。」 「ああ。この部屋の連中の休憩、交代とか頼むわ。」 「自分がですか。」 「おう。ちょっと立て込んどってな。」 「大丈夫ですか班長。こんな状況でアイキンもつけずに外回りって不用心です。」 「いい。いい。紀伊、お前も適当に休んでおけ。」 「でも事態が事態です。」 「適度な休息がないと人間パンクする。そのあたりうまいこと調整せい。」 「はい。」 「俺はこのまま帰るかもしれん。俺の居所を探るような奴がおったら適当にあしらっておいてくれ。」 「理事官にはどう言えば。」 「もしこのまま帰っても明日また来るから、そん時まで待てって言っとけ。」 「かしこまりました。」 「じゃ。」 特高部屋を後にした片倉はそのまま警視庁を出た。 警察庁を右手に見て、携帯電話を耳に当ててそのまま地下鉄霞ヶ関駅に向かった。 「光定はシロってあれ、やっぱりクセェ。」 「そうか。」 「捜一のチョンボかも。」 「チョンボね…。」 「ああ、それか。」 「そこにもモグラがおる…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

13 MINAUG 17
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第31話

第30話

3-30.mp3 「ウ・ダバが声明…。」 「はい。この間の池袋で信号待ちの群衆に高齢者が運転する車が突っ込んだ件で声明を出しました。」 「具体的な内容は。」 「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」 「…抽象的だな。」 「はい。」 「またあれか。合成映像みたいなやつでか。」 「はい。」 「東倉病院のやつはまだ出てないのか、犯行声明。」 「ええ、そうなんです。」 「…わかった。下がってくれ。」 「はい。」 空席になっている公安特課課長の席を見つめて、百目鬼は腕を組んだ。 ーどうして東倉病院のやつには触れない…。 ー実験から行動に移すといえばむしろこの化学テロだろうに、どうしてウ・ダバはこの件には言及しない…。 ー以前起こった北陸新幹線内の人糞散布は化学テロの予行演習だ…。それを実際実行に移したのが今回の東倉病院の事件だろうが…。 電話が鳴り、それを取る 「はい。百目鬼です。」 「また起こったぞ。」 「はい…。」 「今度は交差点に来るまで突っ込んで無差別殺人。どうなってるんだマルトクは。」 「申し訳ございません。」 「国民から予算泥棒だと非難の声が上がっている。」 「承知しております。」 「それにマルトクトップがいまだ拘束中と来たもんだ。」 「はい。」 「百目鬼。お前、松永の代わりに課長をやらないか。」 「は?」 「課長補佐からスライドで課長に昇進。年齢も若い。悪くないだろう。」 「待ってください。まだ疑いの状態です松永課長は。それに課長はシロです。そもそも課長がおっしゃった見立ての通りだったじゃないですか、ノビチョク使用の疑いは。」 「それが怪しいんだよ。」 「え?」 「確かにあいつは英国から事前にノビチョクのブリーフィングを受けていた。だがそれだけであの状況を見てとっさに的確な判断ができたこと自体が怪しいと思われている。」 「なんてことだ…。」 「あいつはもうダメだ。」 「ダメ?」 「ああ。シロだったとしても一度でも躓いたらこの世界はそれで終わりだ。それくらいお前知ってるだろう。」 「知っていますが、今回の松永課長の件はあの方自身が下手を打ったというわけじゃなく…。」 「百目鬼。」 電話の男は百目鬼の言葉を遮った。 「察しろ。」 「察しろ?」 「マルトクに関して他の部局から不満が上がっている。」 「承知しております。ですからあなた様の調整力を頼っているんです。」 「あのな…だから察しろって言ってんだ。」 「どういうことでしょうか。」 「大蔵省からクレームが付いている。」 「え。」 「東倉病院の件で自衛隊の存在意義は高まった。反してマルトクの存在意義は低下。予算に応じた効果を求めるのが大蔵省の仕事。かつての財務省とは違う。彼奴等の予算執行の査定は厳しい。」 百目鬼は頭を抱えた。 「警察内や防衛省からのクレームなら俺はなんとかさばける。しかし大蔵省からのクレームになると厄介だ。」 「だからそれを捌くのがあなたの役割…。」 「相手が相手。俺じゃ無理だ。」 「でもあなたがおっしゃるように、仮に私が松永課長の後任になったら今度は私がその大蔵省からのクレームを全部背負い込むことになる。」 「そうだ。」 「…まさか。」 「…。」 「わたしに人柱になれと。」 電話の男は黙った。 「…考えさせてください。」 「残念ながらそんな時間はない。」 「どうして。」 「実働の特高。こいつが大蔵省のターゲットになっている。」 「え…。」 「ここの予算にケチを付けられると、公安特課の自由が一気に制限される。」 「しかしそういう予算の交渉ごとはその担当部局がなんとか調整を図るべきことじゃないですか。」 「その担当部署が大蔵省相手に揉み手になってご機嫌を取るくらいしかできないところだってのはお前も知ってるだろう。」 「課長補佐のままでいいです。」 「なに?」 「やればいいんでしょう。」 「どういうことだ。」 「だから私が東倉病院のヘマを埋め合わせる結果を出せばそれでいいんでしょう。そうすりゃ大蔵省もグチグチいってこない。」 「おい…。」 「大蔵省であろうが、防衛省であろうが、察庁内であろうが文句は言わせません。結果出します。」 「いつまでに。」 「3ヶ月。」 「長い。」 「じゃあどれだけが希望ですか。」 「1ヶ月。」 「無理です。」 「やれ。それくらい早くないと説得力がない。」 「じゃあやります。」 「よし。」 「そのかわりそれまでは他部局からウチに口出しできないようにしてください。」 「わかった。」 「あと松永課長はそうそうにこちらに返してください。」 「それはわからん。俺の裁量でどうすることもできない。」 「じゃあ松永課長の解放に協力する立場をとってください。」 「いいだろう。」 電話を切った百目鬼は机に突っ伏してしまった。 「言っちまった…。何の根拠もない約束しちまった…。アホだぁ…。そうなんだよ…ここに配属されたときから貧乏くじだったんだよ…なのに、なんでこんなところで変なやる気出しちまったんだ…。」 顔を上げて彼は松永の席を見た。 「ま、言っちまったから仕方ないか。」 すっくと立ち上がった百目鬼は部屋にかけられている時計を見た。時刻は18時だった。 「ちょっくら現場行ってみるか。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

8 MINAUG 10
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第30話

第29話

3-29.mp3 カウンター席に置かれたメニューを開くと、この店のイチオシは自家製麺のつけ麺のようだった。 椎名はそれを指さしてオーダーした。 「大中小のサイズ選べますが。」 「え?」 「サイズの指定がなければ中になります。ちなみに中は二玉です。」 「え、そんなに。」 「どのサイズも同じ値段なんで、皆さん普通は大を選びます。」 「大ってどんだけあるんですか。」 「三玉です。」 ふと先客の様子を見るとこんもりと盛られたつけ麺を一心不乱に食べているではないか。あれが大サイズのつけ麺か。 はたして自分にあれと同じものが食べられるだろうか。 「どうされます?」 「じゃあ…大で。」 「大ですね。ありがとうございます。」 店員はつけ麺大を厨房に叫んだ。 ー普通は三玉って…どんだけ食えばこいつら気が済むんだよ…。 「すいません。」 横に座ってきた男がメニューも見ずに店員を呼んだ。 「つけ麺大で。」 「つけ麺大ですね。」 「はい。」 備え付けのグラスに水を注ぎ、彼は携帯を触りだした。 「ここ良く来るのか。」 「まあな。」 「三玉デフォってどういうことだよ。」 「こういうもんなんだよつけ麺って。」 「考えられない。」 「って言っておき...

10 MINAUG 3
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第29話

第28話

3-28.mp3 週末になると金沢の市街地は急に人口密度が高くなる。 それも北陸新幹線の開通が劇的な観光客の増加をもたらしたためだ。 史跡名勝、文化施設には見たこともないほどの人たちが集う。 金沢の中心部にある現代美術館もそのひとつ。 開館当初からこの施設の客の入りは多かった。しかし新幹線開業を受けてその数はさらに多くなった。 週末となれば入場のために列を作るのはあたりまえだ。 椎名はこの観光客であふれかえる場所にある、ウサギの耳のような形をした椅子に腰を掛けていた。 「金沢に来る?」 「うん。」 「急にどうしたんだよ。」 「疲れてしまったんだ…。」 「あれかい…。」 「わかんない。なんだか頭痛がひどくってさ。ときどき割れるみたいに痛むんだ。」 「やっぱりじゃん。バイトの掛け持ちが祟ったんじゃないの。」 「そうかもしれない。」 「でも、こっちに来てどうすんのさ。」 「別にどうもしないさ。親父の実家のあたり見てみたくなっただけ。」 「え、おまえの親父って金沢の生まれだったの?」 「あれお前には言ってなかったっけ。」 「うん初耳。」 「一応親戚も金沢にいるんだけど、ほら俺フリーターじゃん。そんな身分でぶらっとそこ尋ねていくのも、ちょっと厳しいだろ。」 「あ…うん。」 「だからちょっとお前に頼ってみようかなってさ。」 ーまずいな…。都内の実働員がひとり欠ける…。 「なぁだめか。」 「…あ、いや、別に。」 「そっか。助かる。」 ー聞いてないぞ、この展開。ビショップのやつ制御できてないじゃん。それに何なんだよ。洗脳術ってやつもこうも頭痛の副作用が出るようだったら乱用するのも考えもんだぞ…。 ーいや…待て。この副作用が出るから、術をかけられた人間は消される運命にあるのか。 「キング?聞いてる?」 「あ、あぁ。」 「思い立ったが吉日って言うだろ。」 「って、まさか明日にでも来るのか?」 「今からでも行ける。」 「え…待ってくれよ…オレはオレでちょっと立て込んでてさ。」 電話の先は無言になった。 「あれ?…おい。」 「あぁそうだよな。お前は違うもんな。」 「何がだよ。」 「お前は俺に気をかけてくれるけど、お前と俺とじゃ身分が決定的に違うもんな。」 「は?」 「は?だって、はははは。」 「おい…。」 「40過ぎてフリーターやってる俺と、定職ついてるお前とはやっぱり違うさ。」 「おいおい…今それ言う?」 「プータローはプータローなりの役割演じてんだ…。少しくらい気分転換させてもらっていいだろ。」 「演じる…。」 「また変なもん見た。」 「変なもん?」 「ああ。病院の売店で俺、仕事してた。俺、あんなバイトしてない。」 「…。」 「気づいたら病室みたいなこところにいた。で、そこの患者らしきやつに…。」 「やめろ。」 ーまさか…こいつ記憶が復活…。 「ペットボトルみたいなもん渡した。」 「やめろ。」 「あの患者って…ひょっとして…。」 「うそだろ…そんなはずは…。」 「男?それとも女?」 「?」 「人間?」 「…。」 「名前と顔だけ思い出せないんだよ…。」 「…おい。」 「ってぇ…。」 「ナイト?おい。」 「キングすまない…ちょっと頭痛がひいどくって…。」 「あ、あぁ…大丈夫かよ…相当参ってるみたいだけど。」 「俺、本当に頭おかしくなっちまったのかな…。」 「来いよこっちに。」 「うん?」 「こっちに来て少し羽のばせよ。」 「でもお前、あれなんだろ。」 「お前の様子普通じゃないわ。心配だ。こっちに来いよ。うまいもん食っていい景色見て気分転換しろ。」 「キング…。」 電話を切った椎名はそれを手にしたまま立ち上がり、館内をぶらぶらと歩き出した。 手をつないでにこやかな表情を浮かべるカップル。 突然駆け出す子供の名前を呼んで、それを止めようとする親。 そのまま山に登りに行けそうな機動的な装いで作品を鑑賞する熟年夫婦。 さまざまな人間が往来する中で椎名はふとつぶやいた。 「大至急。」 近くにあったソファのようなベンチに腰を掛け、彼はまた携帯電話を触りだした。 五分ほど経っただろうか、彼の横にひとりの男性が座った。 「18時。」 こう言うと彼はメモを椎名に手渡した。 そこにはあるラーメン店の名前が書かれていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

9 MINJUL 27
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第28話

第27話

3-27.mp3 「実験ですか…。」 「おう。」 「まぁ確かにそんなこと言ってますが、文脈から言って何ら不審な点はありませんけど…。それに実験って言葉はどこでも使用されますよ。」 「うん。」 「自分は曽我に対してはむしろ医師にしては珍しく正直で謙虚だって印象です。古田さんはちょっとその実験ってワードに神経質になっとるんじゃないですか。」 古田はタバコを咥えた。 「そうなんかもしれん。けどな。」 「けど?」 「そのどっか引っかかるっちゅう、妙な感覚がワシを動かせ、ひょんなもんにぶち当たることがある。」 「え…。」 「相馬。おまえ曽我のこと正直で謙虚っちゅうたな。」 「はい。」 「謙虚でもなんでもない。」 「はぁ。」 「曽我はなんにもわかっとらんがや。」 「何もわかっていない?」 「ああ。」 古田は1枚の写真を相馬に見せる。 「誰ですかこれ。」 「光定公信。」 「光定公信?」 「いま現在の山県の主治医。つい最近、山県の主治医が曽我からこの男に変わった。」 「この男がなにか。」 「結論から言うといままでの山県の対応は曽我ではなくこの光定が実質的にやっとったっちゅうことや。」 「え?」 「これ。」 そう言うと古田はさらに一枚の写真を見せた。 「これは?」 「天宮石川大学医学部名誉教授。曽我の上司であり光定の恩師。」 「この老人がどういった…。」 「天宮憲之(のりゆき)。東京第一大学出身の神経内科の専門。助教としてあの大学で永らく教鞭をとってきた。光定はその門下生や。いまから10年前、この天宮は東一においてこれ以上の出世が見込めないと判断。現在よりも高待遇で雇ってくれる病院を探す。なんだかんだで天下の東一。秀才であり中央官庁とのパイプもあるこの人材を放っておくわけがない。天宮は引く手あまた。再就職には苦労はせんかった。そんな天宮がなぜかこの縁もゆかりもない片田舎の石大を選んだ。」 「どうして。」 「同志。」 「はい?」 隣の部屋に移動した古田は相馬に手招きした。 そしてうず高く積まれた書類の中から過去の新聞のコピーを取り出してそれを相馬に見せた。 「全国236箇所で70年安保粉砕デモ…。」 マスクをしたりヘルメットを被った連中が旗や棒のようなものを持っている。 ぱっと見で個人の判別ができない。 「ほらこいつよう見てみ。」 古田はその中のひとりを指さした。 「あ…。」 「天宮や。」 「確かに似てますね。」 メガネを掛けた痩せ型の男が旗をもって、何かを叫んでいる。 「んでそいつの後ろに立って何かを吠えとる男。」 相馬は視線を移す。 前頭部が若干薄くなりかけている男が拳を振り上げている。 「あれ…。」 「気づいたけ。」 「まさか…。」 「下間芳夫。」 「え…本当に…。」 「ふたりとも東一の同級や。ほんで同じ活動に身を投じとったってわけ。」 「下間は石大で原子力工学の教鞭をとっとった…その流れで天宮が…。」 「まぁそんなところやな。」 「ってことは天宮も下間同様、ツヴァイスタンのあれですか。」 「さあ…わからん。今ん所はそういう証拠はない。それよりもや。」 古田は天宮と曽我の写真を並べた。 「この天宮の身の回りの世話をしたのが曽我。この時曽我はさして有名でもない一介の医師。どうやら東一出身の天宮に取り入ることで、ポイントを稼ごうとしたらしいわ。当時の曽我の様子をワシのエスが教えてくれた。」 「院内営業ですか。」 「おう。いろいろ気がつく曽我を天宮は気に入った。お互い専門は違えど何かと天宮は曽我に目をかける。天宮の存在を背景に曽我の病院内での評価は次第に上がっていった。ただここで問題が起こった。」 「なんですか。」 「実績や。」 「実績?」 「ああ。曽我には学術論文を執筆するなどのこれといった実績がなかったんや。厳密に言うと論文は何本かあったんやけど、あまり評価されんもんやったらしい。病院内で天宮をバックにした政治力をいくら持っとっても、誰もが認める実績を作らんことには、曽我の地位は盤石なものにならん。そこで登場するのが光定公信や。」 古田は曽我と天宮の間に光定の写真を置いた。 「天宮の門下生ってとこからわかるように、この光定も東一出身の医者や。東一卒業後、そのまま東一附属の病院で神経内科の医師として勤務。エリートやな。」 「住む世界が違いますね。」 「おう。でもこの秀才光定にも欠点があった。」 「欠点?」 「極度のコミュ障。」 「?」 「基本的に人と話せんがや。こいつ。別にどもるとかじゃないけどなんか口開いてもとろいんや。話すテンポ悪すぎで聞いとる側がキーってなるくらいなんやわ。ほやから基本ぼっち。」 「それって患者を相手する医師として致命的では。」 「そうねんて。ほやから光定は直接患者と接さんポジションで、あくまでもアシスタント的な立場で医療に携わるようになったんや。」 「随分と寛大な待遇ですね。」 「あぁ、それも光定のずば抜けた頭の良さと見立ての確かさにあった。病院は光定の医師としての分析能力を評価してそのまま使用することにしたってわけやな。」 「黒子(くろこ)の立場で医療に携わるんですね。」 「そう。表舞台から姿を消し、誰かのために影となって患者の見立てをし、その治療法を見出す。決して表舞台に出んが、コツコツと実績を積み重ねる。その健気な働きぶりは周囲の人間、特に看護師連中に評価された。だが…。」 「だが。」 「一部の医師の間からは、患者と向き合うことなく安全な立場から医療行為を行うろくでもない存在であると非難の声があがった。挫折というものを今まであまり味わったことのない連中が多い東一には、選民思想みたいなもんををもった連中もたくさんおる。選ばれし人間にはコミュ障の光定はそれから漏れてしまった人間に見えれんろ。奴は評価と非難の板挟みに耐えきれんくなって、休職することとなった。」 「それは気の毒な…。」 「そんな光定の状況を聞きつけた天宮は、自分が石大で目をかける曽我の補佐をしてはどうかと声を掛ける。それから光定は曽我と連絡を取り合って、彼の補佐をするようになった。」 「え、でもそれって個人的なあれでやりとりしていいことなんですか。」 「だめに決まっとる。でも今はその良し悪しはひとまず置いておこう。」 「はい。」 「相馬、ここで一つ気をつけてほしいことがある。」 「なんですか。」 「光定は神経内科の専攻やってとこや。」 「はい。」 「曽我は心療内科。」 「あの古田さん、自分そこのあたり違いがわからんのですけど。」 「ワシもよく変わらん。けど専門が違うってことだけはわかる。天宮の依頼を受けてから光定は、東一の図書館でやたら心療内科関係の書籍を借りた形跡があるようや。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「マッド・サイエンティスト?」 「はい。」 病院の一室で片倉は白衣姿の男性と向かい合って話していた。 「どうしてそんなあだ名が?」 「寝るのも惜しむように研究室にこもってるんです。なんか独り言をブツブツ言いながら。その様子が気味が悪くて狂ってるようにも見えたから、そんな風に影で呼ばれてました。」 「実際のところ彼の業績というか実績みたいなもんはどうだったんですか。」 「すごいです。これだけは認めないわけにいかない。いつの段階で身につけたのかわからないですが、専門の神経内科以外の心療内科的な見地も織り込むようになっていました。心療内科の専門医も光定先生のレポートを興味を持って読んでいましたね。ですからアシスタントとして持て余す感が否めない。」 手帳を閉じた片倉はため息を付いた。 「ちょっと今までの話を聞いて気になることがあるんですが。」 「なんでしょう。」 「自分は神経内科とか心療内科とかのなんたるかはよく知りませんが、その光定先生自身を患者として診察する。そんなことをこちらの病院で行うことはなかったんですか?」 「え?」 「あの、まぁその実際の生活で他人とのコミュニケーションを図るのが難しい状態でしょ。」 「随分なことを言うんですね。刑事さん。」 男は少しにやけていた。 「いや純粋にそう思ったんで。」 「無理ですよ。こちらが強制的に彼の診察をすることは出来ません。」 「いや強制的というか、ちょっと疲れてるのかもしれないから、診てあげるよ的な優しさみたいなもんです。」 「無理です。」 「なんで?」 「だってキモいじゃないですか。あの人。」 「優秀なんでしょ。光定先生。せっかくの頭脳ですからもっとうまい具合に利用したいじゃないですか。」 「だから無理なんだって。」 「あ、すいません。気分を悪くさせてしまったようで。」 「ったく…。」 男はムッとしていた。 「普通ならクビですよ。」 「はい?」 「光定ですよ。」 「え?どうして?」 「いくら研究者として飛び抜けて優秀でも、そんな生身の人間の相手もできない出来損ないは医療だけじゃなくてどの世界でも使い物にならない。適当な理由をつけて普通はクビです。」 「はぁ…。」 「刑事さんは知らないんですよ。あいつのこと。」 「どういうことでしょう。」 「目の写真が机の引き出しにごっそり仕舞われてるんですから。」 「は?」 「目ですよ目。目だけが写った写真ですよ。それも同じような目ばっかり…。」 「目…ですか?」 男は頷く。 「なんでまた。」 「わかりません…。ですがひとつ言えるのはその写真には妙な力があるんですよ。」 「妙な力?」 「はい。」 「どういう力ですか?」 「妙な気分になるんです。それを見てると。」 「…目の写真を見てるとですか。」 「はい。」 「どんな感じに妙な気分になるんですか。」 「なんて

17 MINJUL 20
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第27話

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第35話

3-35.mp3 「ムツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」 「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」 「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」  33 「ふぅ…。」 咥えていたタバコを備え付けの灰皿に押し付けて、その火を消した。 「誰のものかわからないこちらを見つめる両目の映像。画面の天地にfuckin jap destroy jap。金沢の犀川河川敷のテロデマ騒ぎの映像の内容を思い起こさせるね。これ。」 百目鬼は大型スーパーの立体駐車場に止めた車の中で、アイドリングをしたままイヤホンから流れてくる音声を聞いていた。 「いまさらあのテロデマ映像の影響で犯行が…?いや…そんな馬鹿なことがあるもんか…。」 金沢犀川のテロデマ事件が発生して、ずいぶんと日が経っている。もうすでにあの事件自体、過去のこととなりつつあるのに、いまさらあのサブリミナル映像の影響が出たとは考えにくい。 「あり得ん。」 「可能性は限りなく排除する。業務の一環です。」20 「可能性は限りなく排除…。」 そうつぶやいた彼は目を瞑った。 「もしも…もしもだ。あのサブリミナル映像が、いまの刃物振り回し野郎を作り出したとしたら、あの映像を、あの金沢の映像を何度も何度も見て、メッセージを刷り込まれ、犯行に及んだ…。」 「…あり得ん。あれはそんなに惹きつけられる映像でもなんでもない。何度も見るシロもんじゃない。」 「となると…。」 「電波の方はサブリミナル自主規制してっけど、ネットってまだだよねその手の規制。」 「はい。」 「それってヤバくない?」 「そうなんです。」 「ちなみにこの動画って今も流通してるんだよね。」 「はい。事件当時の閲覧者数は50万。今現在130万です。」16 「ネット動画は拡散こそは爆発的だが、何度も見る動画はそうもない。何度もリピートされるものは有名アーティストのものとか、定番おもしろ動画、猫動画…待て…。」 「人気コンテンツである必要はない…。そう…いろんな動画にサブリミナルを忍ばせれば、視聴者はそのメッセージを受け取る可能性が高くなる…。」 「反日破壊工作的メッセージを含む映像が俺らの知らないところで、大量に流通しているとしたら…。」 百目鬼は携帯を取り出した。そしてある人物の電話帳を呼び出し、そこに電話をかけようとした。 「実はこの件の分析が上がってきて、ちょっとタバコでも吸って頭ん中整理しようと思った時やったんですわ。課長から電話あったんは。」 「…タイミング良すぎない?」 「はい。」 「モグラがいる。」 「はい。」 「なにかにつけてタイミングが良すぎるよ。」 「筒抜けのようです。」16 発信ボタンを押下する寸前で、彼の指は止まった。 「どうしたもんか…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あ?ヤドルチェンコを追っとったら、刃物を振り回す事件に遭遇?」 「はい。」 「で。」 「ヤドルチェンコはロスト。刃物男は取り押さえましたが、負傷者多数。」 片倉は思わず頭を抱えた。 「ただ刃物男が気になることを言っていまして。」 「気になること?」 「はい。ファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと。」 「ファッキンジャップをぶっ壊せ…。」 「はい。」 「どこかで聞いたような。」 「はい。例の金沢犀川のテロデマ事件の映像の中に仕掛けられたサブリミナルです。あれにはファッキンジャップ、デストロイジャップと書かれていました。」 「え…まさかそのサブリミナル映像が今回の犯行を?」 「わかりません。」 「刃物男の身元や、そいつの周辺情報は。」 「現在は我々マルトクの手を離れて捜一で捜査中です。」 「捜一…。」 片倉の表情は苦いものになった。 「紀伊。」 「はい。」 「ヤドルチェンコに関してめぼしいネタ引っ張れんかったのはしゃあない。ほやけどマルトクがおったから、事件の被害が少なくて済んだ。お前らのおかげや。助かった。」 「いえ…。」 「ありがとう。」 「…そんな。」 思いがけない片倉の感謝の言葉に紀伊は言葉に詰まった。 「あ、ほうや、ところであれはどうや。」 「あれとは?」 「ほら池袋の車突っ込んだんはウ・ダバの仕業やってSNSで触れ回った出本の正体。」 「すいません。まだ着手していません。」 「あ、そうか。」 「はい。すいません。ヤドルチェンコに気を取られていました。申し訳ありません。」 「至急頼めるか。」 「至急って…班長なにか。」 「いや、別にこれといったもんはないんやけど、なんか気になれんて。」 「しかしIT専門の人間は先程家に返しました。」 「じゃあ呼び戻してくれ。」 「え?」 「俺は今から警視庁に戻る。そのIT担当官と話がしたい。今すぐ呼び戻してくれ。」 「は、はい。」 片倉に命ぜられるまま紀伊は電話をかける。 「可能性は限りなく排除する。」

8 MIN2 days ago
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第35話

第34話

3-34.mp3 「どうしたんだよ。こんな遅くに。しかも週末だぜ。」 カウンターの隣に男の気配を感じて安井はそれとなく話した。 「こっちはこっちで大変さ。東倉病院のやつとか池袋のやつとか…。もうシッチャカメッチャカだわ。」 「それ全部あなたが抱え込んでるんですか。」 「下に振ってるけど、結局最後は俺の方で確認しないといけない。」 「確認ね…。」 「安井さんは本業の方頑張ってください。」 「うん?」 「忙しくなりますよ。」 「え?なに?…もうすでに忙しいんだけど。」 「金にならない忙しさ。」  15 「ったく…本当に金にならねぇよ。あいつが言ったとおりだ。」 「まぁまぁ…その分こっちはあなたに支払ってますよ。」 隣の男はカウンターテーブルにカードを置いた。 安井はそれをさり気なくポケットにしまった。 「10万チャージしてあります。好きに使ってください。」 「助かるよ。大川さん。」 「金があれば人生の大半の問題は解決できます。」 「あぁ…。」 「でも問題の大半ですから。」 「…。」 「本当に金で解決しない問題もありますからね。」 「…わかってる。」 続いて大川は小さな封筒をテーブルに置いた。 「これは?」 「次はこいつを流し込んでください。」 「待てよ。この間から椎名からもらったデータ挟み込んでるが。」 「あれはあれ。」 「…どうすんだ。あんたら。」 「それは聞かないことになってるでしょ。」 「れっきとしたサブリミナルだぜ。バレたら大騒動は必至。この得体のしれない映像が一体何を意味するもんかはよくわかんねぇけどさ。あんたら一体何を刷り込もうとしてんだ。」 「それ以上詮索は無用だ。」 大川が凄んだため安井は言葉を飲んだ。 「いまこの国は目覚めようとしている。」 「は?」 「この国の国民性というか、腰が重いんだ。けど一旦火がつくともう止められない。突き進む。」 「おい待て。何のこと言ってんだ。」 「いま俺らはみんなの目を覚まそうと動いている。」 「椎名もなのか。」 大川はうなずいた。 「椎名だけじゃない。名前や顔すら知らない同志がネットを介してつながっている。決して系統だったグループじゃない。各人が各人の意志によってのみ行動している。」 大川は安井の目を覗き込む。 「動機はどうであれ、あんたもその中のひとり。そうだろ。だから俺の呼びかけに応じている。」 どこか吸い込まれそうな妙な力を持つ目だった。 安井は無言だった。 「このどうしようもない閉塞感。これをなんとかするのは俺ら自身の熱量さ。言うだけじゃなく行動だ。安井さん。あんたもだろ。あんたもこのままじゃ子供を救えない。そう思ったから行動を起こした。」 「俺は別に大川さんみたいな大層な志はないさ。息子に然るべき医療を受けさせるために金が要る。それだけさ。」 「でも行動を起こした。だからその対価として金を手に入れ、その医療を受けさせられている。」 「まぁな。」 「目指すところは違っていても熱量は俺らと一緒だ。俺はそんな日本人ひとりひとりに眠ったその潜在力を引き出す。その力の結集し、しいてはこの国の推進力となる。」 「大川さん…。なんかでかい話だな。」 「褒め言葉として受け止めるよ。」 「んで、これいつから流すんだ。」 「明日からでも頼みたい。」 「…わかった。」 「確認出来次第、また報酬を渡します。」 「助かるよ。」 そう言って大川は席を立ち、店を後にした。 「大川尚道が安井さんに一体何の用があって…。」 手にしていた英字新聞の横から顔をのぞかせた三波はこう呟くと席を立ち、彼もまた大川に続いて店を後にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「おひとりさまのご利用ですね。」 「はい。」 「それでは210号室のご利用をお願いします。」 ネットカフェの受付を済ませた椎名は伝票を持って二階の個室に入った。 ドアを閉める音 パソコンの電源を入れ、デスクトップ上に表示される名称未設定フォルダを開く。 その中には動画ファイルが収められていた。 持っていたUSBメモリにその動画を保存した彼は、それをパソコンの中から跡形もなく消し去った。 ドアをノックする音 「失礼しまーす。」 受付の店員がピザを持って部屋に入ってきた。 「次回からそのファイルを使ってくれとのことです。」 「…わかった。」 「あとこの店はもう使わないほうがいいです。」 「なにかあった?」 「最近、新規客が急に増えました。ひょっとすると公安かも。」 「わかった。この部屋の中は大丈夫なの?」 「それは大丈夫です。確認済みです。」 「そのピザは?」 「これは私からいままでご利用ありがとうの意味をこめた、あなたへの気持ちです。」 「感謝されるようなことはやっていないけど。」 「何いってんですか。あなたらはわれわれ氷河期世代の閉塞感をぶっ壊す崇高な任務を行っているんです。」 「崇高…か…。」 「ネットでしかつながっていなかったメンバーとこうして直接会って実際の行動を起こす。そのきっかけをくれただけでも私はあなたらに感謝しないといけない。自分も就職活動には失敗した口です。いままで社会から歯車としていいようにこき使われてきました。でもあなたらは私を人として必要としてくれました。聞けばあなた達も私と同じ氷河期世代という。私は嬉しかった。同じ境遇で社会から虐げられてきた同僚に必要とされ、行動をともにする。いままさに私は価値を生み出している実感を得ています。」 「大げさだよ…。」 「もううんざりなんですこの世の中が。絆という上辺だけ取り繕った関係性を重視するこのクソみたいな世の中をはやくぶっ壊しましょう。キング。」 「うん。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

9 MIN1 weeks ago
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第34話

お便り 2019/9/1

おたより3-2.mp3 nana68さん/Podcast/YouTube/2桁数字/熨子山/

10 MIN2 weeks ago
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お便り 2019/9/1

第33話

3-33.mp3 都内某所。 ある喫茶店の中をハンティングスコープで覗き込む者がいた。 「しっかしヤドルチェンコの奴、ひとりでこんな夜に誰に会うでもなく、携帯使って何やってるんでしょうかね。」 「しかも喫茶店。わかんねぇわ。俺だったら家で引きこもってるか、せめて居酒屋だけどな。」 「あ、動いた。…会計している。…ん?…あれ?何か渡した?」 「なに?」 「現金を払うときに店員になにか渡したように見えました。」 「店員の動き追ってくれ。」 「はい。」 「指揮所からフタ番。」 「こちらフタ番。」 「対象が店から出たら入れ違いで入店し、店員の持ち物を改めてくれ。対象からなにか小さなものを手渡された可能性がある。」 「了解。」 「店から出ます。」 背広姿の男二人が店から出てきた白人男性とすれ違うように入店した。 ドアがカランカランと鳴る 「いらっしゃいませ。」 「警察です。」 対応の店員の目の前に警察手帳が見せられる。 「公安特課です。あなたの持ち物を改めさせてもらいます。」 「え?公安特課?」 「お店に迷惑はかけません。すぐに終わります。」 「いま、ここでですか?」 「はい。ポケットの中見せてもらいますか。」 「…。」 「もしもあなたが我々の依頼を拒否されるようでしたら、お店の責任者の方に事情を説明して、ご協力を仰ぎます。」 「ま、待って…。」 店員はポケットからUSBメモリを取り出してみせた。 「それだけですか。」 「はい。」 「ちょっと失礼します。」 捜査員はポケットを記事の上から弄ったが、何もなかったのか首を振った。 「このUSBの中には何が?」 「それは…。」 「こちらヒト番。対象は辻のコンビニ側に曲がった。」 「ヨツ番。対象を確認。つける。」 「このまま大通りに出ますよ。ヤドルチェンコ。」 「よし。指揮所からムツ番。」 「はい。」 「対象は大通りに出る。人通りはどうだ。」 「多いですね。」 「見失うな。」 「了解。」 店の奥の席に隣り合って座った背広姿の男二人は、ノートパソコンを開いてそれを覗き込む。 そして先程店員から押収したUSBメモリをそれに挿して、そのフォルダの中身を見た。 無数のJPGファイルとMPEGファイルが入っている。 「音はミュートでお願いします。お客様にご迷惑がかかりますので。」 店員はそう言ってコーヒーを二人に給仕した。 「こちらムツ番。対象確認。つける。」 「それにしても班長どうしたんですかね。」 「班長?」 「ええ。ここ数日なんかパッとしませんよ。」 「…そりゃ東倉病院とか池袋のやつとか立て続けだしな。」 「石川から鳴り物入りで特高班長だから、はっきり言ってどんだけ優秀なんだよって微妙な感じでしたけど、ここまでパーフェクトゲーム。でもここにきてガタガタって…。」 「愚痴っても何もならん。それを支えるのが俺ら部下の務めだろ。班長がしんどいときは俺らで…」 悲鳴の音が無線から聞こえる。 「なんだ?」 「なんでしょう…。」 「おいムツ番。どうした。」 返事がない。 「指揮所からヨツ番。」 「こちらヨツ番。」 「ムツ番と連絡が取れない。」 「え?」 「至急、ムツ番を確認してくれ。」 「了解。」 「どうしたんでしょうか…。」 「嫌な予感がする…。」 1分後、ヨツ番から無線が入った。 「はぁはぁはぁはぁ…ヨツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「刃物を持った男が突然暴れ、通りの人間に無差別に斬りかかり、現場は混乱しています。」 「な…に…。」 「ムツ番は男を取り押さえに入っています。」 「待て対象は。」 「対象…。こちらヨツ番からは確認できません。」 「指揮所からハチ番。」 「はいハチ番。」 「聞いたとおりムツ番の現場は混乱している。そこに対象は。」 「いえ確認できません。」 「…了解。現場捜査員は直ちに撤収。ムツ番はそのまま犯人を取り押さえろ。こちらから所轄署に引き渡す。」 指揮官は激しく目の前のテーブルを叩いた。 「フタ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「USB確認したが不審なファイルなし。」 「それは中身が空ということかどうぞ。」 「いや中身は…アニメ絵のいわゆるその…ピンク画像と動画でした。」 「ピンク…その他不審点は。」 「なしと見ます。」 「その店員とヤドルチェンコとの関係は。」 「SNSを介して店員がある人物から購入。金は前払い。運び屋としてヤドルチェンコということです。店員はヤドルチェンコを始めて見たそうです。」 「購入までの具体的な流れを抑えてヒト番は撤収されたい。」 「了解。」 指揮官はため息を付いた。 「収穫なしですか…。」 「対象ロスト、刃物振り回し野郎に遭遇、USBの中身はアニメのピンク。散々だ…。」 「紀伊主任。焦る気持ちはわかります。班長はわかってたんですよ。我々には休息が必要だって。」 「すまん。」 「謝ることはありませんよ。紀伊主任の焦りはごもっとも。我々現場もあなたの思いを受けて動いたんです。別に主任に今回のポカの責任があるわけじゃない。」 「ムツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」 「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」 「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」 「なに…。」   「紀伊主任…なんかこの言葉聞いたことあるような…。」 「そうだな…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

9 MIN2 weeks ago
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第33話

第32話

3-32.mp3 「え?記憶が戻ってきている?」 「うん断片的に。」 「どの程度戻ってるの。」 「駅のコインロッカーとか、病院の売店とか、病室に届けたとかは思い出してる。」 「核心部分は思い出せていないってわけだね。」 「うん。」 「ちょっと待って。すぐに戻る。」 こう書いてクイーンと名乗る人物はチャットルームから退出した。 「ふぅ。」 ネットカフェの一室に空閑は居た。 1畳程度のスペースに安物の机と椅子が置かれ、そこにハイスペックのパソコンが設置されている。 調度品とパソコンのスペックのアンバランスさがなんとも言えない空間だが、実用性を追求すればこれもひとつの正解だろう。 紙コップに入った温かいコーヒーを口に含んで、空閑はブラウザのタブ機能を使って最新のニュースをチェックした。 トップは「高齢者運転車両事故はウ・ダバの犯行か?」との見出しだった。 「ウ・ダバとツヴァイスタンは密接な関係がある。東倉病院の事件と池袋の事件は同時多発テロの可能性もある…。」 空閑の口角が上がった。 ーふっ…。よくそんな憶測で記事になんかできるな。この国の人間はいつからこんなに阿呆になったんだ。 ニュース一覧の画面に戻り、彼はその他のニュースを流し読みした。 ーあ…。 ある記事を前に彼はその手を止めた。  空閑はチャット画面に戻った。 クイーンからの書き込みがあった。 「ひょっとしたら術の耐性ができてきたのかもしれない。」 「改善できないの。」 「強度のある施術をすれば改善すると思うけど…。」 「けど?」 「今以上の副作用がナイトを襲う。」 「副作用…。」 「うん。」 「その副作用を軽くする方法ってないの?」 「これでも軽くしてるんだって。山県の写真送ってさ。」 「今以上の副作用か…それは不味いな。」 「うん。」 「でも記憶が戻ってしまうのも不味い。」 「そうだね。」 「なんとかならないかな。クイーン。」 しばし会話が止まった。 「実は明日、ナイトが金沢に来る。」 「え?」 「気分転換だってさ。」 「気分転換?」 「副作用の頭痛がひどくて、ちょっと気を紛らわすためにこっちに旅行に来るんだって。」 「意味ないよ…旅行なんかで気分転換しても症状は改善しない。」 「でもあいつはここに来る。」 「あ…。」 「どうした。」 「そうだ…。こういうのはどうだろう。」 「なに?」 「山県をその目で見てもらうんだ。」 「ナマの山県をか。」 「うん。写真でも動画でもない、ナマの山県久美子。死んだはずの妹の生き写しであるナマの山県を見る。ナマだから説得力があるかも。」 「それはいい考えだね。やってみよう。」 「なんだったら僕が直接ナイトに会ってやってみるよ。ほら施術もしなくちゃいけないから。」 「いや、それは駄目だ。」 「なんで。」 「君とナイトが直接会うのはリスクが有る。」 「…。」 「動画はないの?例の強度のあるやつ。」 「…ある。」 「送ってくれるかな。俺の方でやるよ。」 しばらくして動画ファイルが送られてきた。 「ナイトに会いたいのはわかるけど、いまはその時じゃない。ここは俺に任せてほしい。」 クイーンは「わかった」と言ってチャットルームから退出した。 「それはそれとして…。」 空閑はタブを切り替えた。 「GW明けの金曜日か…。」 そこには「下間事件の公判の行方」と題された、下間芳夫と悠里の顔写真付きの記事が掲載されていた。 「インチョウ…。」 「1,800円になります。」 「TDで。」 『ディンギ♪』 「レシートはご入用ですか?」 「はい。」 レシートを手渡される際に空閑はUSBメモリをレジに立つ男の手に忍ばせた。 「キングに。」 レジに立つ男は黙ってうなずいた。 「空閑です。大川さん。ブツ頼めますか。」

8 MIN3 weeks ago
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第32話

第31話

3-31.mp3 金沢市郊外のとあるスーパーマーケット。 惣菜コーナーでは割引のシールが貼られ出し、どこからともなく客が吸い寄せられていた。 ーお、こいつはいい。 嬉々とした表情で3割引きのシールが貼られた握り寿司の詰め合わせに手を伸ばした。 しかしそれはタッチの差で30前後の金髪頭の女性にかすめ取られた。 ーたまの贅沢やと思ったんやけどなぁ…。 軽く息をついて彼は周囲を見回す。 ー揚げもんばっか…。見とるだけで胃がムカムカしてくる。 彼の目に「焼き鮭弁当」の文字が飛び込んできた。 ーまたこれか…。 店を出て車に乗り込むと、彼はタブレットのスリープを解除した。 画面には立憲自由クラブに関する話題のタイムラインが表示されている。 リアルタイムにSNSでの発言がそこに流れていた。 彼はそのタブレットを車載ホルダーに装着し、そのまま車を発進させた。 「いい加減ガキみたいなことやめろよ…クソ国家が…。」 「絶対に許さねぇ…。」 ホルダーに固定されているタブレットには、ツヴァイスタン排撃のコメントが充満していた。 「あれ…結構ボルテージ上がっとるがいや。」 ひとたび火がつけば、その拡散のスピードたるや想像を絶するものだが、反面冷めやすいのがSNSの特徴。 東倉病院の事件については犯行声明がまだ出されていない。 ネット上ではツヴァイスタンの犯行だとの意見が大半を占めているが、それは憶測の域を脱しない。 治安当局は捜査中としか声明を出していないためだ。 誰を叩けばよいかわからない話題は次第に大衆に見切りをつけられる。 このまま犯行声明が出ず、被疑者も公表されることがなければ、センセーショナルな事件とは言え、この東倉病院の事件についてもこのまま世の中から忘れ去られていくことになるのだろうと踏んでいた。 しかし、SNSでの状況はその逆。むしろツヴァイスタンに対する反感が高まっている。 信号で停まった富樫は、SNSのタイムラインをツヴァイスタンに関するものでフィルタリングした。 「信号待ちの群衆に車が突っ込む…。」 「ウ・ダバの犯行声明?」 富樫は貼られているリンクをタップした。 Было смелое поведение. Он действовал над концом нации Японии. Это будет продолжаться в будущем. Мы только действуем. Позвольте мне дать ему его мужество. 「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」 「これが犯行声明…か。」 車をコンビニの駐車場に止めて、彼はタブレットを手にしてSNSの発言の前後関係を確認した。 「うん?」 手を止めた富樫はもう一度ウ・ダバの犯行声明を再生した。 「待て待て…なんでこれが池袋の事件の犯行声明ねんて。…このビデオの中でこいつ池袋とか、車が突っ込んだとか具体的なことに一切触れとらん。」 再び富樫はSNSのタイムラインを確認する。 東倉病院の犯行はノビチョクという神経剤が使用されたという点から、ツヴァイスタンによるものである可能性がある。 一方池袋の事件はウ・ダバによるもの。 ウ・ダバはツヴァイスタンと密接な関係を持っている。 したがって池袋の事件と東倉病院の事件はウ・ダバとツヴァイスタンが連動しておこした同時多発テロの可能性があるという見立てがSNSで盛り上がっていた。 「この声明が発表されたタイミングが池袋の事件の後ってだけやぞ。ほんねんにそれだけで、ウ・ダバによる犯行認定かいや…。この映像、池袋の犯行声明って言ったの誰じゃいや。」 タイムラインを遡れど、その特定は困難のようである。 「ちょい待て…まさかこれ…意図的にツヴァイスタンとかウ・ダバの仕業的なデマ流しとるとかじゃねぇやろうな。」 富樫の額に冷たいものが流れた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「おつかれさん。なにか変わったことなかったか。」 特高部屋に戻ってきた片倉はスタッフに声をかけた。 「池袋の犯行についてウ・ダバが声明を出しました。」 「ウ・ダバが?」 「はい。」 「見せろ。」 パソコンの動画共有サイトにアップされた映像を見た彼は怪訝な顔をした。 「…これが池袋の犯行声明やと?」 「ええ。」 「アホか。」 スタッフは固まった。 「具体的なことは一切言っとらんぞ。」 「ですがタイミングがタイミングです。」 「あのな…おまえらどんだけこの仕事しとれんて。こんなもん当たり障りない声明やがいや。」 「しかし。」 「じゃあ聞くぞ。なんでこれが池袋のことを指しとるんや?東倉病院のこと指しとるって受け止めても別に問題ないんじゃね?」 「は、はぁ…。」 「その理屈やとそこらへんで盗みを働いたのもこいつら一味。盗んだバイクで夜な夜な公道を爆走するのもこいつら一味の犯行や。」 片倉と向き合っていたスタッフは黙ってしまった。 「誰やこれが池袋の犯行声明やって判断したんは。」 彼は呆れ顔で室内を見回した。 誰も目を合わせようとしない。 「班長。」 「なんや紀伊。」 「同じことを百目鬼理事官がおっしゃっていました。」 「百目鬼理事官?」 「はい。」 「なんや理事官、ここに来てったんか。」 「ええ。」 「何しに?」 「わかりませんが、班長と同じくウ・ダバの犯行声明を見せろと。」 「で。」 「お見せすると、班長が今おっしゃられたのと同じ指摘を我々にしました。」 「おいおい。理事官にすでに指摘されとるっちゅうげんになんで判断を改めんがや。」 「われわれは班長の下で仕事をしています。」 「…。」 片倉は言葉を飲んだ。 「確かに理事官と班長のおっしゃるように、このウ・ダバの声明は何にでも使用できる汎用的な声明です。ですが御覧ください。」 紀伊はパソコンの画面に表示されるSNSのタイムラインを指さした。 「世の中が、この声明を池袋の犯行声明と受け止めています。」 片倉はしばらく黙ってその画面を見た。 「…誰や。この声明にそんな意味をもたせて拡散したんは。」 「タイムラインを追っても、出処は特定できません。」 「消したんか。」 「わかりません。」 「クセェ。」 「と言いますと。」 「この手の声明で大事なこと。それは紀伊、おまえよくわかっとるな。」 「何を言ったかではなく、何を言っていないか。」 「そう。んでもうひとつある。」 「もうひとつ?」 「ああ。どんな人間がこの声明を発したか。」 「どんなって…班長、これはウ・ダバによるもの。合成映像ですからこの個人を特定して分析するのは…。」 「本当にウ・ダバか、これ。」 「はい?」 「ウ・ダバによるものという証拠は。」 「証拠…ですか。そう言われると…。」 「映像の人間がウ・ダバを名乗っとるとか、背景にウ・ダバのマークの旗があるとか、映像の右上にロゴが入っとるとか、ツヴァイスタン語しゃべっとるとかってだけやがいや。こいつをウ・ダバのもんやって決めるもんは。面が割れとる人間が俺がやったって言っとるわけじゃないやろ。」 「…はい。」 「ほやけどその確認をとるまえに世の中に拡散されとる…。」 「今からでも遅くありません。出処を特定してみます。」 「できるか。」 「もちろん。」 「よし。ほしたらちょっくら俺また外出てくるわ。」 「またですか。」 「ああ。この部屋の連中の休憩、交代とか頼むわ。」 「自分がですか。」 「おう。ちょっと立て込んどってな。」 「大丈夫ですか班長。こんな状況でアイキンもつけずに外回りって不用心です。」 「いい。いい。紀伊、お前も適当に休んでおけ。」 「でも事態が事態です。」 「適度な休息がないと人間パンクする。そのあたりうまいこと調整せい。」 「はい。」 「俺はこのまま帰るかもしれん。俺の居所を探るような奴がおったら適当にあしらっておいてくれ。」 「理事官にはどう言えば。」 「もしこのまま帰っても明日また来るから、そん時まで待てって言っとけ。」 「かしこまりました。」 「じゃ。」 特高部屋を後にした片倉はそのまま警視庁を出た。 警察庁を右手に見て、携帯電話を耳に当ててそのまま地下鉄霞ヶ関駅に向かった。 「光定はシロってあれ、やっぱりクセェ。」 「そうか。」 「捜一のチョンボかも。」 「チョンボね…。」 「ああ、それか。」 「そこにもモグラがおる…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

13 MINAUG 17
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第31話

第30話

3-30.mp3 「ウ・ダバが声明…。」 「はい。この間の池袋で信号待ちの群衆に高齢者が運転する車が突っ込んだ件で声明を出しました。」 「具体的な内容は。」 「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」 「…抽象的だな。」 「はい。」 「またあれか。合成映像みたいなやつでか。」 「はい。」 「東倉病院のやつはまだ出てないのか、犯行声明。」 「ええ、そうなんです。」 「…わかった。下がってくれ。」 「はい。」 空席になっている公安特課課長の席を見つめて、百目鬼は腕を組んだ。 ーどうして東倉病院のやつには触れない…。 ー実験から行動に移すといえばむしろこの化学テロだろうに、どうしてウ・ダバはこの件には言及しない…。 ー以前起こった北陸新幹線内の人糞散布は化学テロの予行演習だ…。それを実際実行に移したのが今回の東倉病院の事件だろうが…。 電話が鳴り、それを取る 「はい。百目鬼です。」 「また起こったぞ。」 「はい…。」 「今度は交差点に来るまで突っ込んで無差別殺人。どうなってるんだマルトクは。」 「申し訳ございません。」 「国民から予算泥棒だと非難の声が上がっている。」 「承知しております。」 「それにマルトクトップがいまだ拘束中と来たもんだ。」 「はい。」 「百目鬼。お前、松永の代わりに課長をやらないか。」 「は?」 「課長補佐からスライドで課長に昇進。年齢も若い。悪くないだろう。」 「待ってください。まだ疑いの状態です松永課長は。それに課長はシロです。そもそも課長がおっしゃった見立ての通りだったじゃないですか、ノビチョク使用の疑いは。」 「それが怪しいんだよ。」 「え?」 「確かにあいつは英国から事前にノビチョクのブリーフィングを受けていた。だがそれだけであの状況を見てとっさに的確な判断ができたこと自体が怪しいと思われている。」 「なんてことだ…。」 「あいつはもうダメだ。」 「ダメ?」 「ああ。シロだったとしても一度でも躓いたらこの世界はそれで終わりだ。それくらいお前知ってるだろう。」 「知っていますが、今回の松永課長の件はあの方自身が下手を打ったというわけじゃなく…。」 「百目鬼。」 電話の男は百目鬼の言葉を遮った。 「察しろ。」 「察しろ?」 「マルトクに関して他の部局から不満が上がっている。」 「承知しております。ですからあなた様の調整力を頼っているんです。」 「あのな…だから察しろって言ってんだ。」 「どういうことでしょうか。」 「大蔵省からクレームが付いている。」 「え。」 「東倉病院の件で自衛隊の存在意義は高まった。反してマルトクの存在意義は低下。予算に応じた効果を求めるのが大蔵省の仕事。かつての財務省とは違う。彼奴等の予算執行の査定は厳しい。」 百目鬼は頭を抱えた。 「警察内や防衛省からのクレームなら俺はなんとかさばける。しかし大蔵省からのクレームになると厄介だ。」 「だからそれを捌くのがあなたの役割…。」 「相手が相手。俺じゃ無理だ。」 「でもあなたがおっしゃるように、仮に私が松永課長の後任になったら今度は私がその大蔵省からのクレームを全部背負い込むことになる。」 「そうだ。」 「…まさか。」 「…。」 「わたしに人柱になれと。」 電話の男は黙った。 「…考えさせてください。」 「残念ながらそんな時間はない。」 「どうして。」 「実働の特高。こいつが大蔵省のターゲットになっている。」 「え…。」 「ここの予算にケチを付けられると、公安特課の自由が一気に制限される。」 「しかしそういう予算の交渉ごとはその担当部局がなんとか調整を図るべきことじゃないですか。」 「その担当部署が大蔵省相手に揉み手になってご機嫌を取るくらいしかできないところだってのはお前も知ってるだろう。」 「課長補佐のままでいいです。」 「なに?」 「やればいいんでしょう。」 「どういうことだ。」 「だから私が東倉病院のヘマを埋め合わせる結果を出せばそれでいいんでしょう。そうすりゃ大蔵省もグチグチいってこない。」 「おい…。」 「大蔵省であろうが、防衛省であろうが、察庁内であろうが文句は言わせません。結果出します。」 「いつまでに。」 「3ヶ月。」 「長い。」 「じゃあどれだけが希望ですか。」 「1ヶ月。」 「無理です。」 「やれ。それくらい早くないと説得力がない。」 「じゃあやります。」 「よし。」 「そのかわりそれまでは他部局からウチに口出しできないようにしてください。」 「わかった。」 「あと松永課長はそうそうにこちらに返してください。」 「それはわからん。俺の裁量でどうすることもできない。」 「じゃあ松永課長の解放に協力する立場をとってください。」 「いいだろう。」 電話を切った百目鬼は机に突っ伏してしまった。 「言っちまった…。何の根拠もない約束しちまった…。アホだぁ…。そうなんだよ…ここに配属されたときから貧乏くじだったんだよ…なのに、なんでこんなところで変なやる気出しちまったんだ…。」 顔を上げて彼は松永の席を見た。 「ま、言っちまったから仕方ないか。」 すっくと立ち上がった百目鬼は部屋にかけられている時計を見た。時刻は18時だった。 「ちょっくら現場行ってみるか。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

8 MINAUG 10
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第30話

第29話

3-29.mp3 カウンター席に置かれたメニューを開くと、この店のイチオシは自家製麺のつけ麺のようだった。 椎名はそれを指さしてオーダーした。 「大中小のサイズ選べますが。」 「え?」 「サイズの指定がなければ中になります。ちなみに中は二玉です。」 「え、そんなに。」 「どのサイズも同じ値段なんで、皆さん普通は大を選びます。」 「大ってどんだけあるんですか。」 「三玉です。」 ふと先客の様子を見るとこんもりと盛られたつけ麺を一心不乱に食べているではないか。あれが大サイズのつけ麺か。 はたして自分にあれと同じものが食べられるだろうか。 「どうされます?」 「じゃあ…大で。」 「大ですね。ありがとうございます。」 店員はつけ麺大を厨房に叫んだ。 ー普通は三玉って…どんだけ食えばこいつら気が済むんだよ…。 「すいません。」 横に座ってきた男がメニューも見ずに店員を呼んだ。 「つけ麺大で。」 「つけ麺大ですね。」 「はい。」 備え付けのグラスに水を注ぎ、彼は携帯を触りだした。 「ここ良く来るのか。」 「まあな。」 「三玉デフォってどういうことだよ。」 「こういうもんなんだよつけ麺って。」 「考えられない。」 「って言っておき...

10 MINAUG 3
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第29話

第28話

3-28.mp3 週末になると金沢の市街地は急に人口密度が高くなる。 それも北陸新幹線の開通が劇的な観光客の増加をもたらしたためだ。 史跡名勝、文化施設には見たこともないほどの人たちが集う。 金沢の中心部にある現代美術館もそのひとつ。 開館当初からこの施設の客の入りは多かった。しかし新幹線開業を受けてその数はさらに多くなった。 週末となれば入場のために列を作るのはあたりまえだ。 椎名はこの観光客であふれかえる場所にある、ウサギの耳のような形をした椅子に腰を掛けていた。 「金沢に来る?」 「うん。」 「急にどうしたんだよ。」 「疲れてしまったんだ…。」 「あれかい…。」 「わかんない。なんだか頭痛がひどくってさ。ときどき割れるみたいに痛むんだ。」 「やっぱりじゃん。バイトの掛け持ちが祟ったんじゃないの。」 「そうかもしれない。」 「でも、こっちに来てどうすんのさ。」 「別にどうもしないさ。親父の実家のあたり見てみたくなっただけ。」 「え、おまえの親父って金沢の生まれだったの?」 「あれお前には言ってなかったっけ。」 「うん初耳。」 「一応親戚も金沢にいるんだけど、ほら俺フリーターじゃん。そんな身分でぶらっとそこ尋ねていくのも、ちょっと厳しいだろ。」 「あ…うん。」 「だからちょっとお前に頼ってみようかなってさ。」 ーまずいな…。都内の実働員がひとり欠ける…。 「なぁだめか。」 「…あ、いや、別に。」 「そっか。助かる。」 ー聞いてないぞ、この展開。ビショップのやつ制御できてないじゃん。それに何なんだよ。洗脳術ってやつもこうも頭痛の副作用が出るようだったら乱用するのも考えもんだぞ…。 ーいや…待て。この副作用が出るから、術をかけられた人間は消される運命にあるのか。 「キング?聞いてる?」 「あ、あぁ。」 「思い立ったが吉日って言うだろ。」 「って、まさか明日にでも来るのか?」 「今からでも行ける。」 「え…待ってくれよ…オレはオレでちょっと立て込んでてさ。」 電話の先は無言になった。 「あれ?…おい。」 「あぁそうだよな。お前は違うもんな。」 「何がだよ。」 「お前は俺に気をかけてくれるけど、お前と俺とじゃ身分が決定的に違うもんな。」 「は?」 「は?だって、はははは。」 「おい…。」 「40過ぎてフリーターやってる俺と、定職ついてるお前とはやっぱり違うさ。」 「おいおい…今それ言う?」 「プータローはプータローなりの役割演じてんだ…。少しくらい気分転換させてもらっていいだろ。」 「演じる…。」 「また変なもん見た。」 「変なもん?」 「ああ。病院の売店で俺、仕事してた。俺、あんなバイトしてない。」 「…。」 「気づいたら病室みたいなこところにいた。で、そこの患者らしきやつに…。」 「やめろ。」 ーまさか…こいつ記憶が復活…。 「ペットボトルみたいなもん渡した。」 「やめろ。」 「あの患者って…ひょっとして…。」 「うそだろ…そんなはずは…。」 「男?それとも女?」 「?」 「人間?」 「…。」 「名前と顔だけ思い出せないんだよ…。」 「…おい。」 「ってぇ…。」 「ナイト?おい。」 「キングすまない…ちょっと頭痛がひいどくって…。」 「あ、あぁ…大丈夫かよ…相当参ってるみたいだけど。」 「俺、本当に頭おかしくなっちまったのかな…。」 「来いよこっちに。」 「うん?」 「こっちに来て少し羽のばせよ。」 「でもお前、あれなんだろ。」 「お前の様子普通じゃないわ。心配だ。こっちに来いよ。うまいもん食っていい景色見て気分転換しろ。」 「キング…。」 電話を切った椎名はそれを手にしたまま立ち上がり、館内をぶらぶらと歩き出した。 手をつないでにこやかな表情を浮かべるカップル。 突然駆け出す子供の名前を呼んで、それを止めようとする親。 そのまま山に登りに行けそうな機動的な装いで作品を鑑賞する熟年夫婦。 さまざまな人間が往来する中で椎名はふとつぶやいた。 「大至急。」 近くにあったソファのようなベンチに腰を掛け、彼はまた携帯電話を触りだした。 五分ほど経っただろうか、彼の横にひとりの男性が座った。 「18時。」 こう言うと彼はメモを椎名に手渡した。 そこにはあるラーメン店の名前が書かれていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

9 MINJUL 27
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第28話

第27話

3-27.mp3 「実験ですか…。」 「おう。」 「まぁ確かにそんなこと言ってますが、文脈から言って何ら不審な点はありませんけど…。それに実験って言葉はどこでも使用されますよ。」 「うん。」 「自分は曽我に対してはむしろ医師にしては珍しく正直で謙虚だって印象です。古田さんはちょっとその実験ってワードに神経質になっとるんじゃないですか。」 古田はタバコを咥えた。 「そうなんかもしれん。けどな。」 「けど?」 「そのどっか引っかかるっちゅう、妙な感覚がワシを動かせ、ひょんなもんにぶち当たることがある。」 「え…。」 「相馬。おまえ曽我のこと正直で謙虚っちゅうたな。」 「はい。」 「謙虚でもなんでもない。」 「はぁ。」 「曽我はなんにもわかっとらんがや。」 「何もわかっていない?」 「ああ。」 古田は1枚の写真を相馬に見せる。 「誰ですかこれ。」 「光定公信。」 「光定公信?」 「いま現在の山県の主治医。つい最近、山県の主治医が曽我からこの男に変わった。」 「この男がなにか。」 「結論から言うといままでの山県の対応は曽我ではなくこの光定が実質的にやっとったっちゅうことや。」 「え?」 「これ。」 そう言うと古田はさらに一枚の写真を見せた。 「これは?」 「天宮石川大学医学部名誉教授。曽我の上司であり光定の恩師。」 「この老人がどういった…。」 「天宮憲之(のりゆき)。東京第一大学出身の神経内科の専門。助教としてあの大学で永らく教鞭をとってきた。光定はその門下生や。いまから10年前、この天宮は東一においてこれ以上の出世が見込めないと判断。現在よりも高待遇で雇ってくれる病院を探す。なんだかんだで天下の東一。秀才であり中央官庁とのパイプもあるこの人材を放っておくわけがない。天宮は引く手あまた。再就職には苦労はせんかった。そんな天宮がなぜかこの縁もゆかりもない片田舎の石大を選んだ。」 「どうして。」 「同志。」 「はい?」 隣の部屋に移動した古田は相馬に手招きした。 そしてうず高く積まれた書類の中から過去の新聞のコピーを取り出してそれを相馬に見せた。 「全国236箇所で70年安保粉砕デモ…。」 マスクをしたりヘルメットを被った連中が旗や棒のようなものを持っている。 ぱっと見で個人の判別ができない。 「ほらこいつよう見てみ。」 古田はその中のひとりを指さした。 「あ…。」 「天宮や。」 「確かに似てますね。」 メガネを掛けた痩せ型の男が旗をもって、何かを叫んでいる。 「んでそいつの後ろに立って何かを吠えとる男。」 相馬は視線を移す。 前頭部が若干薄くなりかけている男が拳を振り上げている。 「あれ…。」 「気づいたけ。」 「まさか…。」 「下間芳夫。」 「え…本当に…。」 「ふたりとも東一の同級や。ほんで同じ活動に身を投じとったってわけ。」 「下間は石大で原子力工学の教鞭をとっとった…その流れで天宮が…。」 「まぁそんなところやな。」 「ってことは天宮も下間同様、ツヴァイスタンのあれですか。」 「さあ…わからん。今ん所はそういう証拠はない。それよりもや。」 古田は天宮と曽我の写真を並べた。 「この天宮の身の回りの世話をしたのが曽我。この時曽我はさして有名でもない一介の医師。どうやら東一出身の天宮に取り入ることで、ポイントを稼ごうとしたらしいわ。当時の曽我の様子をワシのエスが教えてくれた。」 「院内営業ですか。」 「おう。いろいろ気がつく曽我を天宮は気に入った。お互い専門は違えど何かと天宮は曽我に目をかける。天宮の存在を背景に曽我の病院内での評価は次第に上がっていった。ただここで問題が起こった。」 「なんですか。」 「実績や。」 「実績?」 「ああ。曽我には学術論文を執筆するなどのこれといった実績がなかったんや。厳密に言うと論文は何本かあったんやけど、あまり評価されんもんやったらしい。病院内で天宮をバックにした政治力をいくら持っとっても、誰もが認める実績を作らんことには、曽我の地位は盤石なものにならん。そこで登場するのが光定公信や。」 古田は曽我と天宮の間に光定の写真を置いた。 「天宮の門下生ってとこからわかるように、この光定も東一出身の医者や。東一卒業後、そのまま東一附属の病院で神経内科の医師として勤務。エリートやな。」 「住む世界が違いますね。」 「おう。でもこの秀才光定にも欠点があった。」 「欠点?」 「極度のコミュ障。」 「?」 「基本的に人と話せんがや。こいつ。別にどもるとかじゃないけどなんか口開いてもとろいんや。話すテンポ悪すぎで聞いとる側がキーってなるくらいなんやわ。ほやから基本ぼっち。」 「それって患者を相手する医師として致命的では。」 「そうねんて。ほやから光定は直接患者と接さんポジションで、あくまでもアシスタント的な立場で医療に携わるようになったんや。」 「随分と寛大な待遇ですね。」 「あぁ、それも光定のずば抜けた頭の良さと見立ての確かさにあった。病院は光定の医師としての分析能力を評価してそのまま使用することにしたってわけやな。」 「黒子(くろこ)の立場で医療に携わるんですね。」 「そう。表舞台から姿を消し、誰かのために影となって患者の見立てをし、その治療法を見出す。決して表舞台に出んが、コツコツと実績を積み重ねる。その健気な働きぶりは周囲の人間、特に看護師連中に評価された。だが…。」 「だが。」 「一部の医師の間からは、患者と向き合うことなく安全な立場から医療行為を行うろくでもない存在であると非難の声があがった。挫折というものを今まであまり味わったことのない連中が多い東一には、選民思想みたいなもんををもった連中もたくさんおる。選ばれし人間にはコミュ障の光定はそれから漏れてしまった人間に見えれんろ。奴は評価と非難の板挟みに耐えきれんくなって、休職することとなった。」 「それは気の毒な…。」 「そんな光定の状況を聞きつけた天宮は、自分が石大で目をかける曽我の補佐をしてはどうかと声を掛ける。それから光定は曽我と連絡を取り合って、彼の補佐をするようになった。」 「え、でもそれって個人的なあれでやりとりしていいことなんですか。」 「だめに決まっとる。でも今はその良し悪しはひとまず置いておこう。」 「はい。」 「相馬、ここで一つ気をつけてほしいことがある。」 「なんですか。」 「光定は神経内科の専攻やってとこや。」 「はい。」 「曽我は心療内科。」 「あの古田さん、自分そこのあたり違いがわからんのですけど。」 「ワシもよく変わらん。けど専門が違うってことだけはわかる。天宮の依頼を受けてから光定は、東一の図書館でやたら心療内科関係の書籍を借りた形跡があるようや。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「マッド・サイエンティスト?」 「はい。」 病院の一室で片倉は白衣姿の男性と向かい合って話していた。 「どうしてそんなあだ名が?」 「寝るのも惜しむように研究室にこもってるんです。なんか独り言をブツブツ言いながら。その様子が気味が悪くて狂ってるようにも見えたから、そんな風に影で呼ばれてました。」 「実際のところ彼の業績というか実績みたいなもんはどうだったんですか。」 「すごいです。これだけは認めないわけにいかない。いつの段階で身につけたのかわからないですが、専門の神経内科以外の心療内科的な見地も織り込むようになっていました。心療内科の専門医も光定先生のレポートを興味を持って読んでいましたね。ですからアシスタントとして持て余す感が否めない。」 手帳を閉じた片倉はため息を付いた。 「ちょっと今までの話を聞いて気になることがあるんですが。」 「なんでしょう。」 「自分は神経内科とか心療内科とかのなんたるかはよく知りませんが、その光定先生自身を患者として診察する。そんなことをこちらの病院で行うことはなかったんですか?」 「え?」 「あの、まぁその実際の生活で他人とのコミュニケーションを図るのが難しい状態でしょ。」 「随分なことを言うんですね。刑事さん。」 男は少しにやけていた。 「いや純粋にそう思ったんで。」 「無理ですよ。こちらが強制的に彼の診察をすることは出来ません。」 「いや強制的というか、ちょっと疲れてるのかもしれないから、診てあげるよ的な優しさみたいなもんです。」 「無理です。」 「なんで?」 「だってキモいじゃないですか。あの人。」 「優秀なんでしょ。光定先生。せっかくの頭脳ですからもっとうまい具合に利用したいじゃないですか。」 「だから無理なんだって。」 「あ、すいません。気分を悪くさせてしまったようで。」 「ったく…。」 男はムッとしていた。 「普通ならクビですよ。」 「はい?」 「光定ですよ。」 「え?どうして?」 「いくら研究者として飛び抜けて優秀でも、そんな生身の人間の相手もできない出来損ないは医療だけじゃなくてどの世界でも使い物にならない。適当な理由をつけて普通はクビです。」 「はぁ…。」 「刑事さんは知らないんですよ。あいつのこと。」 「どういうことでしょう。」 「目の写真が机の引き出しにごっそり仕舞われてるんですから。」 「は?」 「目ですよ目。目だけが写った写真ですよ。それも同じような目ばっかり…。」 「目…ですか?」 男は頷く。 「なんでまた。」 「わかりません…。ですがひとつ言えるのはその写真には妙な力があるんですよ。」 「妙な力?」 「はい。」 「どういう力ですか?」 「妙な気分になるんです。それを見てると。」 「…目の写真を見てるとですか。」 「はい。」 「どんな感じに妙な気分になるんですか。」 「なんて

17 MINJUL 20
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